さて、講義ですが。チベタンヒーリングという本の冒頭にあるような内容
から始まり中有の状態などについて。簡単な瞑想も習います。

頭の上に縁のある仏様を思い、その仏様から白い甘露、エネルギーが降りて
体内に浸透して満たされる。そして体内の毒、業、病、罪などを押し出して
浄化してくれる。
日本の禅にある軟蘇の法みたいなやつです。白は浄化です。

死者にも生者にも有効だとか。でも誰でも出来るのはいいです。

病、業、毒、罪など身体、魂に棲む不要なものを洗い流す瞑想として有効
かつ簡単で仏教者でなくても誰でも実践可能なのは良いです。
チベット密教。。。。。。
厳しいようでいながら変にゆるい部分が同居していたりします。
この瞑想も本当はもう少しあるんですが。。。。
自分にするならこれでも十分です。

この修行の前には帰依文を30万回とか、誰々の真言を100万回とか。
そういうことは要求しますが中国のチベット抹殺の結果で西洋文化に飛び
出たチベット密教はより多く唱えるように努力すればいいとも。。。。。
でも結果的には。。。。。やるんですけどね。30万回とかでも。

$tealeafの占い、スピリチュアルな話

師の講義は。。。。。。
仏舎利らしきものは、悪人からでも出ることがあると。。。?
夢のサインも完全に信頼を置くべきでない。。。。?
師はパルデン・ラモに夢で命を救われている人ですが、こういうことを
ちゃんと言います。(このエピソードは後日アップします)

現実主義者の学究僧。クールな知性です。
オカルト偏重主義を嫌うようです。

現代日本風のお花畑・スピリチュアルとか、何かが自分に降りてきたみたいに
自慢するイロモノ・スピリチュアルを師は相手にしないでしょう。

先日紹介した、いろは呼吸書法。。。。。イロモノに行かないで欲しいです。

善行のお話も面白かったです。
仏教の布施は救うための行為であり、善行をしたから自分が
よくなるという欲があっては善行をすることは良いことだが
布施にならない。。。。。当たり前なんですけど。
空を悟るための行為、輪廻からはずれるのが布施、利他など
の行為であるという考えです。

中国の占いをやった私には比較してすごく面白いと感じさせるものが
あるんです。
中国には功過格という日々の善行悪行に点数をつけて運気アップを図る
有名な方法が存在します。自分の利益を計算した上での行為です。

仏教的にはこういう計算は欲を生んでそれが新たなカルマを生むなんて
話にもなるかもしれません。
ただ計算づくの善行でも積み重ねれば人間は変革かもしれない。。。。
私はそう思ってます。
もちろん欲に目が血走ってなければの話ですけど。

それとチベットでは先祖供養の発想は強くないようです。
いまも鳥葬で天に帰すって思想が残る文化ですので、
そういうものかも知れません。

私が推測するに。。。。。
チベットは高地にあり気温が大変低いので、日本のように大地に
埋めてもバクテリアによる死体の分解は望めないのです。
野菜もロクに育たず、ビタミン補給を中国から輸入したお茶に頼ってきた
エリアです。
鳥葬というと残酷に見えますが私は合理的だと思います。


講演の中で師は今後、一般の講演活動は中止、帰依をした弟子への
指導のみのために来日すると発表されます。
初心者が参加できる最後の機会だったようです。


講義が終了し、パルデン・ラモの口伝(ルン)の伝授。
ルンは帰依の誓いから始まります。
仏教以外の宗教は持たないと誓う、別に問題なし。

帰依により罪、業などを洗い流し、お釈迦さまの進んだ後をついていく。
よろしいんじゃぁないでしょうか。

誓いの儀式は3回の五体投地のあと誓いを唱える、
そして師が何かを唱えながら祈る。

師匠が祈ると体が熱くなる。
そしてパルデン・ラモのマントラを唱える。
儀式はここまでで終了。
パルデン・ラモのマントラを唱え瞑想を行うことを師匠より
許可され行うことでより効果を上げるらしいです。

講義、質疑応答でも学究者的発言に始終し知性派をみせた師
だけど1年のうち8ヶ月は自己の修行のため洞窟にこもり、4ヶ月
を後進の指導にあてる修行者としての力でしょうか。
勉強だけの人じゃないようです。
占いもかなりの実力のようで。(これも含めて後日アップします)
でも占いは教えないでしょう。

パルデンラモについての解説、瞑想法は明日らしいけど。。。。
けど予定通り私はここで終了。
パルデンラモのマントラも瞑想法もWEBにあります。
こういうのをWEBにアップするのも変にゆるい部分です。

すべてが終わったあとチベット展で1000円で購入した
パルデン・ラモのポスターに祈念していただきました。
これがして欲しかったんです。

パルデン・ラモのタンカ。。。。なかなか無いんです。

帰宅は新幹線を使いました。
座席で荷物を整理していてポスターを見たとき。。。。。
はじめて心から
「パルデン・ラモさま」と言えるようになっていました。
ただ学者としての力だけじゃない、修行者としての師の力を
感じた一瞬のような気がします。

写真は護国寺の花灌仏会で門前にあった花で飾られた仏様と
ゲンドゥン・シェラプ師です。
$tealeafの占い、スピリチュアルな話

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