信貴山の話の続きです。

食事の後でちょとした説明があって、本堂に行きます。
まずは自分の身を清浄とするためでしょうか。帰依と懺悔の言葉、真言
みたいなのを唱えて印と真言。
どこでも帰依、悔い改める、「反省、もうしません」大事みたいです。

なんかお数珠と。。。。。で見たことないことしてます。
みんな目を閉じてますが、目を閉じてろとも言われてなかったので。
切り?切りは得意で気になる分野です。
研究、アレンジして私の術にさせていただきます。

それから目隠しをします。そしてさっきの印と真言を唱えながらお坊さんに
導かれて入壇。毘沙門さまの曼荼羅の前で目隠しのまま葉っぱを投げます。
これで毘沙門さまとご縁をいただいたことになります。

そのあと別のお坊さんから毘沙門さまの印と真言をいただきます。
そして千手院にもどって護摩に参加させていただきました。

こんなもんでしょ?って感じなんでしょう。
印と真言でランプの精が出るってもんじゃないです。
でも昨年申し込んでやっと今日、環状線を1週半まわってお寺の人に
笑われてやっと得た?印と真言です。
毘沙門さまといつも一緒で居られるってのは嬉しいことです。

目隠し、大事ですね。秘儀参入の定番っぽいですが。

以前、大峰山の蛇之倉という軽く登れるお山に登ったことがあります。
ここは女性も入山可能な山で奥の院は頂上にある光もない狭い洞窟を
金属製の鎖でできたはしごであがったところにあります。
気持ち的には目隠しで導かれるのはそのときと同じ恐怖感、そして
目隠しが取れたときの感覚は新しく生まれたような感覚。

お坊さんが導いてくれるようにしか動くことできない、お坊さんの誘導を
ただ無心で信じるしかない、信じる以外の手段がない時の感覚、これも
大事な体験かもしれません。
でも少しの思い違いで変に進むこともあったりで微妙な部分かもしれません。