小手先で行うから続かないのである。

きっと進化もしないだろうね。

 

 

「易経」の「乾為天」に良いことが書かれている。

これを人生に当てはめると

志を立てることはすごく大切だが、

見習い時の「修養」が一番大切だと

僕は感じる。

だから、「小手先」ですすめないように

常に修養を心掛けている。

 

 

最幸な人間関係を手に入れるって本当に難しい。

ましてや、他人にアドバイスするなんて、

もっと難しいのではないだろうか。

でも、みんな「小手先」になってしまうんだよね。

いつもいつも「反省」しっぱなしである。

 

まずは「見龍」となれるかどうかが大きな鍵なのか?

「見龍」になれない限り、

意図していることがなんなのか?

解りっこないのではないか。

 

 

ツールで検索したデータは、

いったい、何を意味しているのだろうか?

なぜ、このような表現をするのだろうか?

これを読み解くには

どんな勉強や関わりを持てば良いのか?

そもそも、先人達は

なぜこのような表現をしたのだろうか?

 

 

まだまだ「見龍」でしかない自分に

今日はそう言い聞かせてみた。

 

END