サンスペ投稿コーナー、今回から2回にわたって”愛の告白コーナー”を紹介します。
リスナー(主に女性)から寄せられた、恋愛ストーリーを紹介するもので、投稿としては
長編ですが、構成がしっかりしておりレベルの高いものになっています。
当時、鶴光師匠は20代後半で、言わば噺家では二つ目クラスといったところでしょうが
年齢を超えた熟練の感情表現に、思わず聞き入ってしまうのでした。
1976年8月22日より
私は、夏の終わりとともに、一つの愛にピリオドを打ちました。
1年間愛し合った二人でしたが、やはり結ばれない運命だったのでしょう。
決して嫌いになったわけじゃないんです。
ただ、けじめをつけたかっただけなんです。
彼と出会ったのは、私が短大に入り始めて出席した大学の講義の時です。
ざわついた教室の中にはいいてきた彼は、教壇の上に立つと
「今日から文学を君たちと一緒に考えていきたい。よろしく。」
と、照れながら言って、長い髪を手でかきあげました。
その仕草が可愛く、また可笑しかったのか、何人かの人が笑い、
それでまた彼も余計に照れて顔を真っ赤にしてしまったのでした。
彼の恥ずかしそうなそんな表情、可愛く思いました。
それからというもの、毎週1回彼の講義になると、私は一番前の席に座り、
一生懸命彼の話に耳を傾けたのでした。
彼は、今まで私の前に現れた男性と違い、若いわりにはどことなく影があり、
人生に疲れた表情がなんとも言えず、私の母性本能をくすぐるのでした。
そして、ある日私は思い切って、講義が終わってから彼の研究室を訪れたのでした。
いつもの照れたような表情で、彼は私の質問にまるで恋人と語らうような優しい調子で
応じてくれました。
あっという間に時間が過ぎ、私が研究室から帰ろうとした時、彼が私の耳元でそっと
囁いたんです。
「一度、食事でもしましょうか?」
それがきっかけとなり、二人は会う回数を増やしていきました。
彼の照れた表情の奥にある影の部分。
私は、そんな彼の影の部分にどんどんと引きずり込まれてしまったんです。
去年の夏休みになる前、いつものように私が研究室に入っていくと、彼はいきなり
私を激しく求めました。
あまりのことに、私は彼を突き飛ばすと研究室を飛び出してしまったんです。
最後の一線を越えるにはあまりにも急だったし、それに、私には親の決めたフィアンセが
あったからです。
私の家は、田舎で大きな病院をやっており、そこにいるインターンの人と、私が短大を
卒業したら結婚するということに親が決めていたんです。
その人は父の病院に私が高校に入学した時に来て、最初のうちは病院の仕事をするという
よりも、私の勉強をみる時間が多く、非常に親切で真面目な人でした。
父はその人に病院を継がせるつもりだったんです。
その人のことが頭にあったからというわけではないのでしょうが、私は彼から求められた
時に思わず拒んでしまったのです。
そして、私は夏休みに家に帰りました。
でも、フィアンセのインターンの人は、どことなく物足りなさがあったんです。
一緒にいても、ただいたずらに時が流れていくだけでした。
いい人だなぁとは思うんですが、それ以上の気持ちはどうしてももてないんです。
私は、もう東京に帰りたくて帰りたくて、彼に会いたくて、一番列車に飛び乗ったのでした。
東京に着くと、すぐに私は彼のアパートに駆けつけました。
今考えると、何故そんな行動に出たのか自分でもよくわかりません。
そして、その夜私と彼はとうとう結ばれたのでした。
日焼けした彼の厚い胸の中で、私は全身の歓びを感じたのでした。
そして、その行為が終わった後、一筋の涙が光りました。
でも、悲しくて泣いたのではないのです。
ただ、寂しさと、嬉しさと、怖さが入り混じって、たぶん出た涙だと思います。
その日から、私はすべてが変わったみたいです。
今まで、一人娘でわがまま放題に育った私が、彼に一生懸命尽くす女になり、
もう私の心には、田舎にいるフィアンセのことなど全くありませんでした。
心も体も全て彼に与えつくし、それが最高の幸せだと思うようになってしまいました。
でも、そんな甘い生活は、やはり長続きはしませんでした。
最近、彼は突然「俺、アメリカの大学に研究のため留学することになった。
お前も一緒に来るかい?」と言ったんです。
その言葉を聞いた私は、しばらくの間呆然とし、何も言えませんでした。
もう、彼なしでは生きていけない。でも、私がアメリカに行くということまでは、
考えもしなかったからです。
二十歳の私が、はたして彼と一緒にアメリカに行って、うまくやっていけるのだろうか?
まだまだ世間知らずの私が・・・
私は急に不安になりました。
今まで彼しかいないと思って、どこまでもついて行くつもりだったのに・・・
なぜか不安がどんどん広がるばかりでした。
その時、なぜか田舎の両親とフィアンセのことが思い出されたのです。
「そうだ、私にはいつまでも待っていてくれる人がいる。」
ということが、奇妙な安心感を私に与えてしまったのです。
彼が出発する日、私は見送りに行きませんでした。
彼のために流す涙を、彼に見られたくなかったのです。
そして、彼は一人で旅立って行きました。
そのあとの消息は、私にもわかりません。
私は、来月フィアンセと式を挙げます。
さようなら。私の好きだった彼へ。
(不明)