モロミは泣きながら一生懸命説明してくれてるが、サッカー部の友人に誘われてサッカーをしてるはずの吾一と、散歩に出かけたカメ子が警察に捕まった?

どう言う事?

 

「どうしたの? 何があったの?」

 

玄関から聞こえる泣き声を聞いて奥からお母さんも出て来た。

お母さんの顔を見ると、モロミは 安心したのかますます声をしゃくりあげて泣いた。

 

「モロミちゃんどうしたの? 大丈夫? 怪我はない? 何があったの?」 

 

とりあえず泣きじゃくるモロミが言葉を使わず、首を振るだけで答えられそうなことを聞いても、泣きじゃくる今のモロミに返事は期待出来そうもない。

僕も何があったのかかわからないけど、吾一とカメ子が 警察に連れていかれてそれを知らせに来てくれたみたいと、お母さんにこの状況の説明をした。

この時「捕まった」 とは言わず、「連れていかれた」 と言った。

モロミはうちに来て、玄関で僕の顔を見るなり 「吾一とカメちゃんが警察に捕まっちゃた」 と言った。

「警察」って言うのも衝撃的だけど「捕まった」はさらに衝撃的過ぎる。

詳しく事情を知らない僕としては簡単には口にできなかった。

「警察に連れていかれる」と言うのには色々理由が考えられるけど、「捕まった」はどう考えても悪い事しか思い浮かばない。

詳しい事は話を聞かないと分からない。

とりあえず家に上がってもらってモロミが落ち着くのを待った。

 

しばらくしてやっと落ち着いたモロミから捨て犬コロと士郎君の話を聞いた。

カメ子が散歩に行く時に野菜を持って行ってた理由も、吾一が最近よくサッカー部に誘われる理由もわかった。

 

話を聞いてお母さんは、吾一やモロミ、カメ子もいるのに何故僕がその中にいないのか不思議がって聞くと、モロミは僕を誘わなかった理由も教えてくれた。

 

話を聞こえるとお母さんは理由はわかると一応理解はしたが、少し不満そうな顔で言った。

 

「ちゃんと話をしてくれれば、おばさんにも何か手伝えることもあったかもしれないのに」 

 

けど、うちでは犬は飼えないって? (飼わない?) カメ子に話したというのを僕も知っている。

何が理由かわからないけど、そう言われたら僕だってお母さんには相談しなかっただろうなと思ったけど、それはお母さんには言わなかった。

 

しかし、モロミはカメ子の 「ちょっとね」 で何かあるなと感づくだなんて本当凄いと思った。

僕なんか同じ話を聞いてたのに全然気にもならなかったし、それどころか、吾一はサッカーをしてて、カメ子は散歩にいってるだとばかりと思ってたもん。

でも、捨て犬を隠れて飼ってて、警察に通報されたとしても、なんでそんな事で警察に捕まるのか?

 

モロミにも捕まった詳しい事情はわからないと言う。

モロミは、その時その中にいなかったので一緒に連れて行かれることはなかったけど、パトカーに乗せられる吾一達を見てて怖くなってどうしたらいいのかわからないままうちに来たのだ。

 

中学校の裏の公園で捕まったと言う事なら地元の警察に決まってるだろうが、こういう時はこちらから電話をするものなのかどうか迷ってる所にお母さんの携帯が鳴った。

吾一のお母さんからだった。

 

吾一のお母さんも警察から連絡があって詳しい事はわからないけどこれから警察に向かおうと思ってる、その前にカメ子が一緒だと言う事を聞いたので僕やうちのお母さんが何か知ってるかも知れないと電話をくれたみたい。

しかし残念ながら僕たちも何もわからない。

その電話の後、僕達も急いで警察に向かうことにした。

 

 

タクシーで警察署に着くと少し緊張して来た。

初めて来た警察署はとても頑丈そうな建物で立派に見えるけど、そこに入るにはちょっとした勇気を必要とするくらいとても重々しい感じがした。

 

 「お前達はここに何しに聞きたのだ。言ってみろ、返答次第ではただではおかぬぞ!」

 

 大袈裟かもしれないけど、初めて来る警察署はそんなふうに感じるくらいものすごい威圧感があった。

 

モロミの話を聞く限りでは大した事はないと思うのだけど、やっぱり実際こうして警察署まで来ると「捕まった」と言う言葉が物凄くリアルに感じた。

 

建物の中に入ると吾一とカメ子、モロミの話で聞いた士郎君が仔犬を抱いていた。

僕はテレビでよく観る狭くて暗い取調室のような所でうなだれて座らせれているのを勝手に想像していたので、僕に気づいた吾一とカメ子が笑顔で手を振ってくれた瞬間ほっとして泣きそうになった。

うちのお母さんもカメ子の顔を見てほっとしたようで、小さく手を振った。

そして久しぶりに会う吾一のお母さんと初めて会う士郎君のお母さんそれぞれに簡単な挨拶をすませると、女性の警察官の案内で別な部屋へ案内された。

その案内に従いながら周りを見ると制服を着た警察官が沢山いて、本当に警察署へ来てるんだと思い僕の緊張感は一層増した。

 

 

「ご足労おかけして申し訳ありません」

 

案内された部屋は学校の教室の様なつくりになっていて、教壇がありそれに向かい合う様にいくつもの机が並べられていた。

その教壇に男性警察官は座っており、どこでもお好きな所へお座りくださいと言った。

お好きな所へといわれたけど、僕達は教壇に近い一番前の席に横並びで座った。

僕達が座るとその男性警察官は僕達の一人ひとり顔をじっくりと、まるで初めて会う僕達の顔を覚えようとでもするかのようにじっくり見てきた。

そして顔を覚えたからかどうかわからないが、全員の顔を見終わるとはっきりとした口調でここまでの経緯を簡単に説明してくれた。

 

「初めに私、佐々木と申します。 本日はお忙しい所突然のお呼び出し大変失礼しました」

 

佐々木と名乗った警察官は見た目よりもずっと丁寧で、僕達をここへ呼んだ事を謝った。

それにはうちのお母さんも吾一のお母さんも士郎君のお母さんも恐縮してこちらこそ申し訳ありませんでしたと、口をそろえて言った。

 

「本当はあのグランドで話をお聞きしても良かったんですが、あまりにも人が集まり過ぎて収拾がつかなくなりそうだったので私の判断でお子さん達に署まで来ていただきました。お母様方もご足労おかけしてすみません。こうしてお迎えにも来ていただければ、その他特にお子さん達には問題があるわけではないのでこの後一緒にお帰り頂けます」

 

未成年を警察に呼んで話を聞いた後、問題がないと分かっても、警察としては子供達だけで返すという訳にはいかないという事だった。

そしてこの佐々木さんによると吾一は警察に着くと自分の事やカメ子の事、士郎やコロのことなど聞かれるがまま丁寧に答えてくれたので警察の人も色々手間が省けて助かったと言った。

普通こういう風に警察に連れて来られると逆にかまえてしまったり、緊張してしまったりと、話を聞きだすのが大変な場合もあるのだとも言った。

 

「本当に申し訳ありませんでした。あたしも警察に捕まったなんて本当驚きました」

 

吾一のお母さんが言うと警察の人は慌ててそれを否定した。

 

 「捕まったなんてとんでもありません。 あの公園では人が多く集まって来てしまったので私の判断で、お話をお聞きするのにこちらまで来て頂いただけす。ただ・・・ 」

 

話の続きはあるようだけど、とりあえず警察署の人自らが「捕まった」 を否定してくれて僕は嬉しくてほっとした。

ここに来てから緊張しっぱなしだったので、やっと緊張の糸がほぐれた様な気がした。

 

「息子さん達がここに来たのは今言った通り公園では人が多く集まって来たのでというのが大きな理由なのですが、一度逃げ出そうとした事も理由の一つなんです。ですが、捕まったとかそういう事ではないです。断じてないです」

「逃げ出そうとした?」

 

話を聞いていた全員が打ち合わせたかの様に同時に口から出た。

 

「ええ、あの仔犬を連れて小学生の士郎君とカメ子さんが走り、それを逃がす為と言うか、追わせない様にだと思うんですが、吾一君が手を広げて私の前に立ちはだかったんです」

 

逃げ出したと聞いたときは驚いたけど、二人ために自分が犠牲になるなんて不謹慎かもしれないけど吾一の奴カッコイイじゃんと僕は思った。

でも吾一のお母さんの感想は真逆の様だった。

 

「本当にどうもすみません。 あの子は本当にもう。 ちゃんと叱っておきますから」

 

吾一のお母さんは恐縮仕切りで警察の人に頭を下げている。

 

「それはいいんです、気にしないでください」

 

そんな所へ吾一達が係りの人に連れられて部屋に入って来た。

話をしてた警察の人は三人を確認すると話を続けた。

 

「その犬の件なんですが、署には置いておけないのでこのままだと保健所に引き渡す様になります。 そうすると数日は引き取り手を探してくれるみたいなんですが、見つからないと仔犬でも殺処分になる様なんです。 あの犬は迷い犬ではなく捨て犬のようなのでお引き渡しすることも可能なのですが...............」

 

と言い、周りの反応を確認しながら、引き取った後のことも付け加えて話してくれた。

 

「もちろん病気がないかの検診や登録、予防接種をちゃんとしていただかなくてはならないのですが」

 

それを聞き、まず士郎君のお母さんが言った。

 

「うちはアパートでペットは飼えないので無理なんです」

 

続いて吾一のお母さんも自分の家の状況を話した。

 

「うちのマンションもペット不可で、主人にも動物のアレルギーがあって無理なんです」

 

こうなると次はうちのお母さんの番だ。

 

「うちは・・・・」

 

口ごもったお母さんにカメ子がコロを抱きながら近づいた。

 

「うちもダメなんでしょ?」

「えっ!?」

 

カメ子に聞かれてもなんかはっきりしないうちのお母さん。

そう言えばカメ子になんで犬はダメだって言ったんだろう。

僕も動物は平気だし、お父さんも子供の頃犬も猫も飼ってたって聞いたことあるし、なんでだろう?

 

するとお母さんにしては珍しく俯きながら話してくれた。

 

「子供の頃犬を飼ってたことがあったんだけどその犬が病気をして随分長いこと苦しんで亡くなったの、それからもう犬は飼わないって決めたの。 そばにいても何にもしてあげられなくて、あんなに辛くて悲しいこと二度と嫌だと思って」

 

これを聞いて警察の人は言った。

 

「無理にではないので大丈夫です。 すみませんでした。 犬の件はこちらで処理しますので結構ですよ」

 

仔犬のことは警察が 「処理する」 と言うことでこの件は終わる。

しょうがないのかもしれないがあまりにも事務的で悲しい。

小さいけど、動物だけど、僕達と同じ命には変わりないのに。

僕にだって「処理する」という事がどういう事を意味するかぐらいわかる。

 可哀想だけどもうどうする事も出来ない。

 

これで終わった。

 

そしてカメ子と士郎君は周りを気にせず大声で泣いた。

「処理する」 と言う言葉があまりにも事務的で冷たかったからなのか、コロのその後の事を思ったからなのか、とにかく二人はコロの為に泣いていた。

これがコロにしてあげられる最後の事になるのだと言わんばかりに。

 

僕達はそれをただ黙って見ているしかなかった。

警察の人も黙って見ている。

コロと、この小さな命と最後になるかもしれないこの時を誰も止めようとはしなかった。

モロミも二人が泣いてるのを見て目に涙を浮かべてる。

吾一は歯を食いしばって涙を見せない様に我慢してるのがわかった。

 

でもお母さんの言う事もわかる気がする。

ペットとはいっても一緒に暮らせば家族なんだし、その家族が苦しんでる時に何もできないなんてきっと辛いだろう。

こんな経験二度としたくないって思うだろう。

お母さんはその犬を飼わなければそんな悲しい経験をしなくてすんだのになと思った。

そう考えるとお母さんは今どう思ってるの聞きたくなった。

 

「ねぇ、お母さんは悲しい思いをしたその犬を飼わなければよかったって思ってる?」

 

お母さんはさっきとは違ってハッキリと力強く自分の思いを話してくれた。

 

「そんな事ないわよ。チェリーは 家族だったし、いい思い出がたくさんあるわ、亡くなった時は悲しかったけど、飼わなければよかったなんて一度も思ったことなんてないわよ。 今だって思い出すことがあるんだもの」

 

チェリーと言うのがお母さんが飼っていた犬の名前みたいだ。

僕の話に答えるのに名前を言うことなんてないのに、つい口出ちゃったみたい。

自分でも気づかないくらい自然に。

それを聞いて僕は思った、お母さんの思い出の中でチェリーは昔飼ってたペットの犬ではなく、一緒に暮らし、大切な思い出をたくさん残してくれたかけがいのない家族なんだろう。

 

「それだったらこの子をこのままにするより僕達でいっぱい思い出を作ってあげればいいんじゃない」

 

そう言うとお母さんはハッとした。

 

僕はお母さんの気持ちを考えるとどうかと思ったけど、僕がこんなこと言うのはいけないんじゃないかって思ったけど、いい思い出がたくさんあったんなら亡くなった悲しみだけを心の一番上に置くより、この子をうちで引き取って新しい家族にした方がお母さんの悲しい思い出が塗り替えられるんじゃないかって、その時はそう思った。

 

カメ子が抱いていたコロをお母さんの前に差し出した。

コロを抱き受けると自分の顔をコロの顔に擦り付け小さな声で 「コロ」 と言った。

 

コロを抱いたお母さんは優しい笑顔をしていたけど、その頬には涙がつたっていた。

チェリーの事を思い出していたのかも知れない。

でも、その涙は悲しい涙ではなかったんだと思う。

きっと暖かかく、優しい涙だったに違いない。

 

 

 

警察署を後にする時、士郎君が 

 

「今度カメ子お姉ちゃんの所遊びに行っていい?」

 

カメ子が笑顔でうなづき、お母さんが答えた。 

 

「いつ来てもいいわよ。 気にしないでいつでもいらっしゃい」 

「ありがとうおばさん。 必ず行きます」

 

そう言って士郎君と別れた。

モロミも吾一と一緒に帰っていった。

 

来た時はとてつもない威圧感を感じ、怖い思いをしながら入って来たのが嘘のようだ。

今はこの頑丈で大きな建物が僕達を守ってくれてるような気さえする。

 

そして僕達は皆が帰った後、ちょっとした手続きをして警察署を後にした。

新しい家族と一緒に。