紅鬼たちがRXの行方を求めて、チャップに捜索の指示を出していた頃――

 戦いの場からそう離れていない空きビルの一室に光太郎は身を潜めていた。後片付けも途中のような事務所の一角の壁に背中を預けて座りこんだ光太郎は、襲ってきた痛みを何とかやり過ごした。

 「危なかった……。あそこに段ボール箱が無かったら、しばらくは動けないところだった」

 屋上から落下した時、ちょうど真下にあった段ボール箱(中身は羽毛)がクッション代わりとなり、直接地面に激突せずにすんだのは幸運としか言いようが無かった。でなければさすがのRXも無傷という訳にはいかず、しばらくは動けないほどのダメージを受けている所だった。

 「……それにしても、何とかしてこの面を外さないと。このままじゃ戦えない」

 紅鬼の『鬼面封殺』によって貼りついた鬼の面は、変身を解いた光太郎の姿になってもぴったりと顔面に張り付いていた。目の覗き穴からいくらか外が見えるようになり、口の部分が開いているため呼吸はなんとかなったが、それでもこの状態はいろいろ支障がありすぎた。

 「無理やり外そうとすれば痛いし、皮まで剥がれそうだし、一体どうやったら外れるんだろう?」

 指先から伝わる冷たい感触と、『そう簡単には外せない』と言った紅鬼の言葉を思い出し、光太郎は途方に暮れた。このままでは戦うどころか日常生活もままならない。

 「節分の日に、鬼に退治されることになるなんて、ついてないよな……うッ!」

 珍しく弱気になったところにさらに追い打ちをかけるように、体の痛みがぶり返し、前のめりになったその時、光太郎の腹部からガサゴソという音が聞こえてきた。不審に思って音のしたところ――上着のポケット――を探った光太郎の手に紙の感触が伝わってきた。

 「これは……さっきの人がくれた福豆だっけ? 『年の数食べて玄関先にまくと厄払いになる』とか言ってたよな……」

 懐に入れていたせいか、ほんのりとぬくもりのある紙袋を見つめていると、不思議なことに痛みが和らいでいくような気がしてきた。そして光太郎は無意識のうちに袋の口を破り、一粒つまみだすと口の中へ放り込んだ。

 (う、うまい……。こんな美味しい豆、初めて食べた……)

 それからしばらく、ポリポリと豆をかじる音があたりに響き、あっという間に光太郎は紙袋に入っていた豆の半分を食べてしまった。

 「おっと、年の数より多く食べてしまった。……あれ? いつの間にか、痛みが――引いている?」

 夢中になって食べていたせいで気づかなかったが、さっきまであった体の痛みがいつの間にか消えていた。それだけではない、消耗していた体力も心なしか回復しているような気がしたのだ。

 「まさか……ね」

 気のせいだと思いかけたその時、何の前触れもなく鬼の面が熱を帯び、淡く光り始めた。不思議なことに、光は徐々に強くなっていったが、熱はある一定の温度になるとそれ以上あがらなくなっていた。

 (一体何が――)

 戸惑う光太郎の心配をよそに、鬼の面はひと際大きく輝いたかと思うと、次の瞬間、ピシリ、という音と共に真っ二つに割れ、床に転がり落ちた。

 「うわっ?! ……外れた、の……か?」

 床に落ちた鬼面を見ながら恐る恐る光太郎は自分の顔に触れてみた。そこには先ほどまでの冷たい感触はなく、ぬくもりのあるやわらかい皮膚があった。思わず光太郎はぺたぺたと自分の顔を叩きまくった。

 一通り自分の顔を確認し終えると光太郎はほっと安堵の息をついた。

 「ふぅ~、一時はどうなることかと思ったけど、この豆のおかげで助かったんだよな」

 残り半分の量になった豆を見ながら、光太郎は不思議な気分を味わっていた。

 (もし、あの人に出会っていなかったら、この面を外せずにやつらにやられていたかもしれない……。そう考えるとあの人に感謝しなきゃ)

 紙袋を軽く捧げ持ち、光太郎は豆をくれた青年に感謝の意を込めて頭を垂れた。それに応えるように豆の袋がほんの一瞬光を放ったが、光太郎が顔をあげる前に消えてしまい、気づくことはなかった。

 その時だった。光太郎の耳に、潜んでいるフロアに何者かが入ってきた足音が聞こえてきた。

 「探せ! まだ遠くへは行っていないはずだ。虱潰しに捜しだせ!」

 それは蒼鬼の号令の元、チャップたちがRXを捜し始めた音だった。

 「おっと、こうしちゃいられない」

 チャップたちに見つからないうちに移動しようと立ち上がった光太郎は、痕跡を残さないように割れた般若の面を拾い上げた。と、その時、ある考えが閃いた。意味ありげにニヤリと笑った光太郎は、何かを探すように部屋の中を歩き回った。

 数分後、部屋に飛び込んだチャップたちが見たものは、ガラス窓から逃げ出そうとする光太郎の後ろ姿だった。



 

 激しい逃走劇の末、光太郎はチャップたちに取り押さえられ、紅鬼・蒼鬼の前に引きずりだされた。

 両腕を抑えられ、無理やり跪かされた光太郎は無言でうつむき、紅鬼・蒼鬼の方を見ようとはせず、まるで鬼面姿を恥じているかのように顔を伏せていた。

 「クックック、その姿では、もはや変身することもできまい。これが我々をさんざん苦しめてきた仇敵の末路とはな……」

 「何だかあっけない気もするけどよ、こいつの首をジャーク将軍に献上すれば、褒美は思いのままってこった。早いとこやっちまおうぜ」

 はやる蒼鬼を抑え、紅鬼は憐みを含んだ声で問いかけた。

 「まあ待て。……南光太郎、せめてもの情けだ、何か言い残すことはないか?」

 すると光太郎は力のない声で一つの願いを口にした。

 「……どうせなら、せっかく手に入れた節分の豆を一粒でいいから食べたい。なかなか手に入らない、特別な豆だから、せめて一粒だけでも味わってからあの世へ行きたい」

 「おいおい、豆食ってから死にたいだなんて悠長なこった。紅鬼、構うこたねぇ、さっさとやっちまおうぜ」

 光太郎の願いにあきれた蒼鬼がチャップから受け取った剣を振りかぶる。が、その手を紅鬼が押し止めた。

 「……よかろう。おい、食べさせてやれ」

 そばに控えていたチャップにそう指示を出すと紅鬼は一歩後ろに下がった。しぶしぶといった感じで蒼鬼も後ろへ下がる。

 その間に光太郎の服から紙袋を取り出したチャップはその中から数粒の豆を取り出すと光太郎の口へと含ませた。ポリポリと豆をかみ砕く音が静かにあたりに響き渡った。

 「これで思い残すこともあるまい。待たせたな、蒼鬼」

 「怪魔妖族・蒼鬼。クライシス帝国に楯突く悪逆の徒・南光太郎の首を皇帝陛下に捧げます」

 紅鬼に促され、蒼鬼は光太郎の横に立つと厳かに宣言し、大上段に振りかぶった。そのまま気合と共に振り下ろそうとした寸前、光太郎の体がビクリと波打った。

 「うっ、うわ――っ!」

 「なっ、こ、これは一体?」

 思わず一歩後ずさった蒼鬼の目の前で、絶叫しながらのけ反った光太郎の顔を覆っていた鬼面が、音を立てて真っ二つに割れたのだった。

 「馬鹿な、そんなはずは……。たかが豆ごときで、鬼面が割れるなどありえん!」

 驚愕する紅鬼をよそに、鬼面が外れた光太郎は押さえつけていたチャップを振りほどき自由を取り戻していた。その手には豆の入った紙袋がしっかりと握られていた。

 「だから言っただろう、この豆は特別な豆だとな。節分の、鬼払いの祈りの込められたこの豆が、お前の邪(よこしま)な術を打ち破ってくれたんだ。たかが豆と侮ったお前の負けだ!」

 悔しがる紅鬼を見ながら光太郎は会心の笑みを浮かべた。あの時、割れた鬼面を部屋にあった接着剤で貼り合わせ(すぐに割れるように細工済み)、ワザと捕まってから割れたように見せかける、という考えが浮かんだのだ。多少なりとも精神的ダメージを与えられればと思っていたが、思った以上に効果があったようだった。

 (紅鬼のヤツ、めちゃくちゃ悔しがってるな。さて、もうひと押しだ)

 「……それに今日は年に一度の節分の日。赤鬼青鬼そのもののお前たちに負けるわけにはいかない! そら、鬼は外! 福は内!」

 掛け声とともに光太郎は紅鬼たちに向かって残りの豆を投げつけた。すると豆は淡い光を放ちながら空を飛び、紅鬼たちに振り注いだ。

 「ぎゃあ! い、痛い痛い!」

 「ば、馬鹿な、力が……妖力が封じられていくだと?!」

 悲鳴を上げる蒼鬼・紅鬼を見ながら、光太郎もあまりの効き目に心の中で驚いていた。

 (まさかとは思ったけど、ここまで効き目があるなんて……)

 だがそんなことは表に出さず、光太郎は右腕を空へと高くさし上げた。

 「変……身!!」

 流れるように両手が十字を描き、握りしめた拳に力がみなぎる。

 「オレは太陽の子。仮面ライダーブラック、RX! 紅鬼・蒼鬼、もう貴様たちの術はオレには通用せんぞ」

 ファイティングポーズと共に名乗りを上げたRXは、態勢を立て直した紅鬼・蒼鬼に対して身構えた。

 「……こうなったら何がなんでも貴様の首貰い受ける! くらえ!」

 怒りにまかせて金棒を振り回す蒼鬼を難なくかわし、RXはすれ違いざまの後ろ蹴りを繰り出す。たたらを踏んだ所にさらに追い撃ちをかけようとするが、紅鬼の金棒が襲いかかってきてとっさに後ずさった。

 「ええい、ちょこまかと動きおって……くらえ、『双雷乱舞』!!」

 「もうその手は食わないぜ。ハッ!」

 繰り出された双雷乱舞を前転でかわし、RXは空高くジャンプした。

 「RXダブルキック!!」

 通常は両足を揃えて放たれるRXキックだったが、右足が紅鬼の、左足が蒼鬼の胸を捉え、同時に後方へと吹き飛ばした。

 「リボルケイン!」

 必殺の剣を握り締め、RXはもう一度空へと飛びあがった。落下の勢いを乗せたリボルケインはよろよろと立ちあがりかける紅鬼へと狙いを定める。

 「紅鬼!」

 だがリボルケインが貫いたのは直前で紅鬼を突き飛ばした蒼鬼の方だった。体内で荒れ狂う光エネルギーに苦しみながら、蒼鬼はがっちりとリボルケインを掴んで離さなかった。

 「……今だ、今のうちに、RXを倒すんだ……」

 「蒼鬼! ……RX、覚悟!」

 蒼鬼の悲痛な叫びにこたえるように紅鬼が金棒を振りかぶりRXへと襲いかかる。

 「……冗談じゃないぜ!!」

 とっさにRXはリボルケインを手放し、紅鬼の金棒から逃れると再びリボルケインを掴んで引きぬいた。返す刀でもう一度襲いかかろうと金棒を振り上げた紅鬼の腹部を貫く。

 「……見事だ、RX。一足先に地獄でまってるぞ」

 「これで勝ったと思うなよ……。貴様はいずれマリバロン様によって地獄へ落ちるのだ」

 「たとえどんな相手がこようとも、オレは負けない! 平和が来る、その時までは!」

 そう言い放つとRXはリボルケインを引き抜き、後方へと飛び退る。折り重なるように倒れた紅鬼・蒼鬼は大爆発をおこして散って行った。




 買ってきたメザシとヒイラギ、豆ガラで魔除けを作って飾り、祈祷の済んだ豆で家中を清めて回った征司は、妹と後輩の西本刑事と共に夕食のメザシに手を伸ばそうとしていた。

 「ごめんね由美子ちゃん。おれまで夕飯ご馳走になっちゃって――」

 「いいんですよ。後は帰るだけなんでしょう? わざわざ豆を取りに来てもらったんだし、このくらいはね」

 「すまんな西本。途中で通りすがりの青年に渡してしまったから、足りなくなってしまった。いつもより少ないが我慢してくれ」

 そう言って謝る征司に西本は頭を振った。

 「いえ、この豆のおかげでおれはずいぶんと助かってますから。でも、その、受難の相の出てた人、大丈夫ですかね?」

 「……たぶん、何とか乗り切れたと思う。まあ、勘だけどね。大丈夫だろう」

 心配そうな顔をする西本に笑って答えながら、征司はヒジキと大豆の煮物に箸を伸ばした。

 光太郎に渡した豆は実は西本の分で、買い物のあと落ち合う約束だったのだが渡してしまったので、家まで取りに来てもらうことになったのだった。

 食事も中盤にさしかかった頃、家の電話が鳴りはじめ、立ち上がろうとした由美子を制して征司が受話器を取った。

 「はい、伊達です。……あ、課長。えっ……わかりました。ああ、西本もここにいるんで、二人で戻ります」

 そう言うと征司は電話を切って西本の方を向いた。

 「西本、仕事だ。本庁に戻るぞ。由美子、出かけるんで後は頼む」

 そう言うと征司は手早く着替えを済ませ、あたふたと食事を切り上げた西本と共に車に乗り込んだ。

 「伊達さん、一体何の事件ですか?」

 「都内数か所で小学生の女の子が行方不明だそうだ。くわしいことはわからないが、誘拐の可能性が高い」

 絶句する西本の横で、征司もまた顔を曇らせた。この誘拐事件のゴタゴタで件の青年の事はきれいさっぱり頭の中から消えさってしまい、後に出会ってもしばらくは思い出せないようになるのだった。

 




 同じ頃、佐原家のリビングでは、茂とひとみの元気な声が響き渡っていた。

 「鬼は~外、福は~内~。鬼は~外、福は~内~」

 「イタッ、トホホホ、結局また鬼の面をかぶる羽目になるのかよ……」

 戦いの後、買い物をし直して帰宅した光太郎は、メザシの夕飯のあと問答無用で鬼の面をかぶらされ、佐原兄妹の豆まきの相手をさせられているのだった。

 ゲンナリする光太郎目がけ、茂の豆が勢いよく投げられる。思わず振り向いた所へ直撃を受け、さらに床の豆を踏んずけた体はバランスを崩し、盛大にひっくり返った。

 「情けないな、光太郎兄ちゃん。それじゃせっかくの鬼の面が泣くぜ」

 「……もう、鬼なんてこりごりだ~」

 そう言いながら鬼の面を外し、ソファに倒れ込んだ光太郎は、ふと、豆をくれた青年を思い出していた。

 (いつかまた会えたら、ちゃんとお礼を言わなきゃ。おかげで助かったんだし)

 そう思っていると、なおもしつこく茂の豆まき攻撃が浴びせられ、あまりの痛さに光太郎は悲鳴をあげた。

 光太郎の叫びも佐原家の笑いに包まれてかき消された。その玄関先にはひっそりと、メザシの頭とヒイラギ、豆ガラでできた魔除けが飾られていた。

 そんな、魔除けに込めた願いもむなしく、佐原家を、そして光太郎自身をも深い悲しみに突き落とす事件が静かに動き出したことに、この時誰も気づいてはいなかった。そして光太郎もこの事件のせいで豆をくれた青年の事を忘れ去り、思いだすのにしばらくの時間がかかることになるのだった。




An Intersection ―交差点― 完


暑さと眠気に負けながらですが、ちょっとずつ進めております。


とりあえずは「An Intersection~」を書きあげて、「月影~」に取りかかろうと思っています。


ちょっと周りの環境が変わってきたので、ペース配分がうまくいってません。


でも、何とか書きあげられるようにがんばりますので、気長~にお付き合いください(って、そればっかやん 汗)


An Intersection 交差点―  ~絆の糸シリーズ こぼれ話~


  それは、二人の運命が交錯する前のお話。


 いつもより少し遅く仕事を終え、佐原家へと帰ってきた南光太郎は、リビングのテーブルに陣取り黙々と何かに取り組んでいる佐原茂・ひとみの兄妹を見て頬を緩めた。

 「ただいま~。お、茂君、宿題でもやってるのかい? 珍しいじゃないか。ひとみちゃんもエライねぇ」

 「あ、お帰り光太郎兄ちゃん。宿題は宿題でも、明日学校で使う鬼の面を作ってたんだよ」

 「なんだ、勉強じゃなくて工作だったのか。そうか、明日は節分か……」

 「明日は豆まき合戦なんだ~。いっぱいぶつけるぞ~っ!」

 聞けば明日は、給食を食べた後の時間に自作の面をかぶり、持参した豆をぶつけ合う、豆まきの行事があるとのことで、各教室で豆まき合戦を繰り広げるらしく、茂もひとみも張り切っていた。

 「ほら、これどう? 強そうでしょ~」

 そう言って茂は書き上げたばかりの赤鬼の面を摘み上げ、光太郎に見せびらかした。家にあった童話の鬼を見ながら書き上げたという赤鬼の面は、なかなか良く出来ていて光太郎は感心しながらうなずいた。

 「勉強も、これ位熱が入るといいんだけどねぇ」

 半ばあきれながら、佐原唄子が光太郎の分の夕食を用意しながら言うのに、佐原俊吉は読んでいた新聞を畳んで置きながら妻をたしなめた。

 「いいじゃないか。今時、学校や家庭でもこういう行事なんかやる所は少なくなってきているんだし、子供たちもあんなに喜んでいるんだ……。それくらいにしておきなさい」

 はあい、と返事をしながら唄子が光太郎の茶碗にご飯をよそって前に置き、笑いながら光太郎は箸を取ってようやく遅めの夕食にありついたのだった。




 同じ頃、伊達征司は自宅で遅めの夕食を取りはじめたところだった。

 「お兄ちゃん明日非番だったよね。じゃあこれ買ってきてて」

 はい、と妹から渡されたメモに、征司の箸が一瞬止まる。

 「メザシに豆ガラ、ヒイラギ……。ああ、明日は節分か」

 伊達家の節分では豆ガラにメザシとヒイラギを刺して玄関に飾り、豆まきは征司の担当だった。仕事で忙しい父親に代わり、時々妹の伊達由美子を鬼役に家中隅から隅までまわり、清めるのが恒例となっていた。

 「そうか、もうそんな時期か……。わかった。買ってきたら作って玄関に下げておくよ」

 「お願い。豆まき用の豆はいつもの所から届くから。受け取ったら隣のおばさんに分けてあげて。いつも荷物預かってもらってるから」

 わかったと答えながら、征司は筑前煮の小鉢へと箸を伸ばした。



 翌日――


 怪魔妖族・紅鬼と蒼鬼(こうきとそうき)は、訳がわからないままあちこちで豆をぶつけられ、辟易しながら街を彷徨っていた。マリバロンの命を受け、RX抹殺のために地上に降りたのはいいが、なぜか行く先々で豆をぶつけられ追いかけ回されるという目にあっていた。

 「紅鬼よ、前に一度地上に降りた時は、地球人どもはこの姿に恐れおののいて逃げ出したのに、今日は逃げるどころか、楽しそうに豆までぶつけてきやがる。これはいったいどういうことだ?」

 「蒼鬼よ、我らはとんでもない日に地上に来てしまったようだ」

 そう言いながら紅鬼は先ほど拾ったチラシを蒼鬼へと見せながらため息をついた。

 「なになに……。なんと! 今日は年に一度の節分とやらで、豆をまいて鬼を退治する日だと!」

 「鬼は追い払われて福の神とやらが招かれるそうな。これは少々困ったことになったぞ」

 そう言って腕組みして考え込んだ紅鬼に、同じように腕組みして蒼鬼も眉間にしわを寄せた。

 「なんとも縁起の悪いことよ……。かといって今更クライス要塞へ戻ることもできん。さて、どうしたものか……」

 お互い顔を見合わせて二人は深ーいため息をついた。二人の力をもってすればRXなんぞ恐るるに足らず、という自信はあるものの、自分たちの容姿は節分の鬼そっくりで、なんとな~く行く先に暗雲がたちこめているような気がしてしまうのであった。

 「うむむ、どうしたものか……」

 「……そうだ、いいことを思いついた」

 考え込む紅鬼に、一つ手を打って蒼鬼が顔を上げた。

 「立場が逆転すればいいのだ。我らが豆をまく側になって、RXが鬼になってしまえばよい」

 「蒼鬼よ、簡単に言うが、何かいい方法があるのか?」

 そう問う紅鬼の耳に口を寄せ、蒼鬼はこそこそと何かをささやき始めた。




 夕方の混雑が始まるまではまだいくらか時間のあるスーパーに、メモと買い物カゴをぶら下げた光太郎の姿があった。 

 「ええと、豆腐に大根、あとはメザシっと。ああ、今晩は肉が食べたかったなぁ……」

 唄子に言いつけられた買い物をしながら光太郎はため息をついた。「節分なんだから今日はメザシよ」と宣言した唄子だったが、肝心のメザシを買い忘れたとのことで、仕事が早く終わって帰るところだった光太郎が途中でスーパーに寄る羽目になったのだった。

 残るメザシを買おうと魚売り場に移動した光太郎は、メザシの横に展示してあった物が珍しくて思わず手を伸ばした。

 「へえ、メザシにヒイラギを刺すのは知ってたけど、豆の枝も使うんだ」

 「……地方によっても違うけど、使うところもあるね。まあ、最近じゃこの魔除け自体、見ることが少なくなってきたから、珍しいものになってしまったけど」

 何気なくつぶやいた光太郎だったが、思わぬ返答に驚いて振り向くと、ポロシャツにジャケット、ジーンズ姿の青年が微笑みながら光太郎を見つめていた。

 「失礼。余計なお世話だったかな。熱心に見ていたからつい口を挟んでしまった」

 「いえ、ありがとうございます。オレ、こういうの全然知らないから勉強になります」

 それならよかった、と笑っていた青年だったが、不意に目を細めて光太郎の顔をじーっと見つめ始めた。

 「受難の相か……しかも、かなり厄介そうだな」

 「え? なにか?」

 時間にすればほんの数秒だったが、ポツリとつぶやいた青年はジャケットのポケットから小ぶりな紙袋を取りだすと光太郎の手に握らせた。

 「袖すり合うもなんとやら、というやつだ。これはお寺でご祈祷してもらった福豆なんだ。年の数食べて玄関先にまくと厄払いになる。持っているといい」

 そう言うと青年はメザシの束を手にし、その場を後にした。

 「え、あ、ありがとうございます……じゃなくて……。ま、いいか」

 思わずお礼を言って顔を上げると、もう青年の姿は遠くにいってしまい、何が何だかわからないまま、光太郎はカラカラと音のする紙袋をポケットに仕舞い、メザシを手にしてレジへと歩き始めた。

 数分後、買い物を終え、バイクを走らせる光太郎の進路上に突然爆発が起こり、爆煙が視界を遮った。思わずバイクを止めた光太郎の前に、細身の金棒を持った紅鬼が立ちふさがった。

 「我が名は怪魔妖族・紅鬼。南光太郎、貴様の命貰い受ける!」

 「悪いけどそんな暇はない。そこをどいてもらおうか」

 そのままバイクを走らせ、突っ切ろうとするが、そうはさせじと紅鬼の金棒が唸りをあげて襲いかかる。アクセルを全開にして紙一重で攻撃をすり抜けた光太郎だったが、振りかえった紅鬼の角から放たれた雷が直撃し、バイクから吹っ飛ばされてしまった。

 「うっ……仕方ない、変、身!」

 立ち上がった光太郎は右腕を空へとさしあげ、体の前で十字を切るように軌跡を描く。光のオーロラが迸り、黒き戦士が姿を表した。そのままRXは近くのビルの屋上へとジャンプした。紅鬼もその後を追い飛びあがる。

 戦いの場所をビルの屋上に移し、両者はしばしにらみ合った。

 口火を切ったのは紅鬼だった。RXを叩きつぶそうと手にした金棒を縦横無尽に振り回す。紙一重で避け、時に受け止めながら応戦していたRXだったが、リーチの差とほっそりとした見た目よりも重い金棒のダメージがジワリジワリと蓄積していき、次第に防御することが多くなっていった。

 「ほらほら、どうした? 貴様の力はこの程度か?」

 「……くっ」

 (思ったよりもダメージが大きい……。一度、離れて立て直さないと)

 大上段から振り下ろされた紅鬼の金棒をジャンプでかわし、そのまま距離を取ろうとしたRXだったが、空中にいる瞬間を狙って思いもよらない方向から雷撃が放たれた。撃ち落とされ、屋上に叩きつけられたRXの背後から雷撃を放った主=蒼鬼が襲いかかり、凄まじい力でRXを押さえこんだ。

 「おれの名は蒼鬼。RX、貴様の命運はすでに尽きている。フフフ……」

 「何だと?! うっ、なんて力だ、身動きできない」

 何とか逃れようともがくRXを完全に組み敷き、蒼鬼は相棒の紅鬼へと叫んだ。

 「今だ紅鬼、やってしまえ!」

 「RXよ、我が秘術・『鬼面封殺』の恐ろしさ、存分に味わうがいい」

 そう言った紅鬼の手にはいつの間にか、能で使われる般若の面に似た鬼の面が握られ、呪文めいた言葉を唱えると同時にそれを放り投げた。鬼の面は空を飛び、動けないRXの顔面にピタリと貼りついた。

 「これは?! 視界が……前が見えない!」

 鬼の面はRXの顔全面を覆い、視覚を司るマクロアイだけでなく、ソーラーレーダーやサイコインジケーターなどの感覚器官の機能をも奪い、RXは暗闇の中に放り込まれたような状態だった。ピタリと貼りついた面は剥がそうとすると激痛を生じ、思わずRXは手を離した。

 「ダメだ、ぴったりと張り付いていて、無理に剥がそうとすると表皮まで剥がれてしまう……」

 「ムダだ。その面はそう簡単には剥がせんよ」

 鬼の面が貼りつくと同時に拘束を解いた蒼鬼の横に紅鬼が並び、苦しむRXを冷たく見降ろした。

 「何も見えまいRX。見えない恐怖に脅えながらあの世へ行くがいい」

 「さーて、どこから潰してやろうか。腕か? それとも足か?」

 極太の金棒を軽々と担ぎ上げた蒼鬼は、何の前触れもなくRXへとそれを振り下ろした。

 「ハッ!」

 ガツン、という音と共に屋上のコンクリートが抉れ、はじけ飛ぶ。かろうじて聞こえる耳と気配から察してギリギリの所で転がり避けたRXだったが、伝わる衝撃に背筋を冷たいものが駆け下りた。

 「チッ、往生際の悪い奴だぜ。……まあ、一回で潰れちゃ、おもしろくもないけどな。さて、いつまでかわせるかな~?」

 ニヤニヤと笑いながら、蒼鬼はモグラ叩きのように金棒を振り下ろし、じわじわとRXを追い詰めてゆく。

 「こんな物、まともに食らったら潰されるどころじゃない。何とかしてこの面を外さないと……」

 ギリギリでかわしながら鬼面を外そうとするRXだったが、思うようにいかず、とうとう屋上のフェンス際まで追い詰められてしまった。

 「しまった!!」

 「さあ。もう後がないな。……こんどこそ、潰れてしまえ!」

 「くっ!」

 大上段に振りかぶった金棒が、渾身の力を込めて振り下ろされる。甲高い音を立てながら鉄性のフェンスがぐにゃりと潰れ、無残な姿をさらした。が、そこにRXの姿はなかった。金棒が振り下ろされる寸前、蒼鬼の脇をすり抜けるように転がり、下敷きになるのを免れていたのだ。

 「蒼鬼よ、そろそろお遊びはお終いだ」

 「……わかったよ紅鬼。もうちょっと遊びたかったが、仕方ねぇ」

 紅鬼に呼び止められて残念そうな顔をした蒼鬼だったが、担いでいた金棒を肩から下ろした。二人を取り巻く空気が変わりはじめ、ピシリと何かが砕ける音がした。

 「ハッ、ここにいては危険だ、アク――」

 「「くらえ、『双雷乱舞』!!」」

 「うわ――ッ!」

 異変を感じたRXがリストビットで相棒を呼び寄せようとしたその時、二人の角から放たれた必殺の雷撃がRXに襲いかかった。幾筋もの光が体を走り抜けながらRXをその場に縫い止め、負荷に耐えきれなくなった箇所が小さな爆発を起こし、RXを苦しめる。そして、二人の金棒がトドメとばかりに繰り出された。

 「――――ッ!」

 ひと際大きな爆発と共にRXの体は破れたフェンスを飛び越え、地上へと落下していった。

 「やった、RXを仕留めたぞ」

 「いや、喜ぶのはまだ早い。ヤツの死体を確認しないとな……。なにっ、ヤツの姿が無い。さては逃げられたか」

 喜ぶ蒼鬼をたしなめた紅鬼が地上をのぞきこんだが、その場に落下したはずのRXの姿はなく、無残にひしゃげた段ボール箱と羽毛が舞い踊っていた。