家元とごく親しい付き合いをしていた某和尚さん。その宗派では相当な地位に当たる位を持ち東京の下町に大きな境内と多数の檀家を抱える僧侶であったのだが、家元と遊んでいる姿を知っている我々には典型的な破戒僧にしか見えなかった。
ある夏のこと。家元はこの僧侶と共に東北地方の某港町に海遊びに行った。当地には家元が長年懇意にしている頭に「ヤ」のつく自由業の親分さん一家があり、その一家の皆様が使用するので一般の方が全く入って来なくなったという自然発生的にプライベートビーチになってしまった浜があって海遊びにはもってこいだったのだ。
頭に「ヤ」のつく自由業の親分さん一家の皆様方は裸になると一生脱げないカラフルなダイビングスーツをお召しになられており、アワビもウニも取り放題で浜辺のバーベキューもやりたい放題であった。
結構なクルーザーもお持ちで我々を乗せてかなりの沖まで行ってくれた。更に水上バイクとでも言うのだろうか、アメンボの如く水面を爆走できる乗り物もあってこのマシーンを我々にも気前よく貸してくれた。詳しいことは知らないが無免許で乗り回して許されるタイプの乗り物ではなかったと思う。因みに家元はエンジン付きの機械を作動させる為に必要な免許の類いは一切持っていなかった。しかしそんな細かいことにこだわる家元及び破戒僧ではない。面白そうな遊びには一も二もなく飛びついてしゃぶり尽くすお二人である。すぐに二人して一台の水上バイクに跨りブイブイそこら中を滑走させ始めた。
暫くご機嫌で遊んでいたがその内にクルーザーの方に近づいて来て
「港はあっちの方角だったよな?俺たちこれで先に帰ってるわ」
と告げてブィーンと走り去って行った。クルーザーに残された前座ボーイと自由な人生を謳歌されている一家の皆様はその後暫く沖で遊んだ後に港に向かった。港に向かってクルーザーを走らせていた途中で誰かが発見して言った。
「あれ???‥あそこに止まってるの‥‥あれ師匠と和尚じゃないの??」
クルーザーを近づけてみると果たして水上バイクに跨ったまま結構疲れた顔をしている家元と破戒僧であった。どうやら途中でスクリューに釣り糸だか海草だかが巻きついてしまった模様でエンストを起こし二人して何の手立てもないままに立往生していたのだ。
どつちが悪いのどうやって助けを呼ぶのだのの喧嘩は一通り終わっていたのであろう。とりあえずぐったり顔の二人と壊れた水上バイクを回収して全員無事に帰港した。
しかし今にして思うとよくあの時海上にポツネンと漂っていた二人を発見出来たことだと思う。既に日も落ちかけていた。クルーザーの航路が少しでも離れていたら偶然の発見はなかったであろう。港に帰りついてから二人を捜しに出たとて発見できたとは限らない。もしそうであったとしたらかなりの確率で家元の享年ははるかに若いものになっていた筈だ。大事に至らずに済んだのは何よりであった。
好き勝手に遊び回った挙句プチ遭難を起こし海の上でなす術もなく途方に暮れていた和尚の顔を思い出す度に、この人に引導を渡された仏さん達は無事に西方浄土の彼岸に辿り着けたのであろうかと心配になる‥‥‥南無三。