爪の間

テーマ:
居酒屋でおっちゃんに絡まれた。
向こうはべろべろだ。

「俺はあ、なあ…あの、車の整備なんらよ」

車の整備士だそうだ。

はっきり言ってどう見ても単なる飲んだくれのおっちゃん、絡まれてしまい相当面倒に思ったが、何となく話を聞いている内、話の内容にどんどんのめり込んでいった。

というのも、やはり人間パッと見では分からない、中々に壮絶な人生を歩んできた様だった。

家庭、仕事。
過去の成功、そして…過ち。
今現在の暮らし。

色んな話を聞かせて貰った。

そして。


「手、これ、ほら、汚いだろ…爪の間とかシワに入ったこの黒いの…これ…けど俺はぁ、ね。嫌とは思っれないのよ…何でかっつとさぁ、整備を続けてるとさ…もう手袋とかどうとかも関係ないの、油やなんかが染みてきて。でまたぁ、これがね…落ちない。どれっだけ洗っても…もう落ちなくなってくる。だからここまでになった。この黒くなった手っていうのはぁ…ね?もう何十年も…ま色々あったけど…色々あったけど、それでもずっと俺はぁ…整備を…車を、直してきたっていうね…証拠なんらよ…だから俺は嫌じゃぁないんよ」



そう言われて見たその黒くなった手は。

何だか綺麗なものにすら思えた。



そしてさらに。


「つまりこの爪の間やシワに入ってとれないこの黒いの。この黒いのは、つまりねえ……いや、これ何だと思う…?」


僕が聞くとおっちゃんは。


「この爪の間のこれは、つまりね…」


うん、その爪の間のそれは、


「この黒いのはね…」


うん、その黒いのは、





「汚れだね」





それを聞いて見たその手は本当に普通に汚かった。
AD