【憲法】 堀越事件最高裁判決の検討(1)―合憲限定解釈、猿払基準とよど号基準 | 法学事始ブログ

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0.はじめに

猿払事件と同じ公務員の政治活動の自由について争いとなった堀越事件、世田谷事件に関する判決が近時出されました(いずれも最判平成24年12月7日)。
このうち無罪判決が出された堀越事件について少し話を。

事案としては社会保険庁東京社会保険事務局目黒社会保険事務所に年金審査官として勤務する厚生労働事務官Hが衆議院選挙に際して、日本共産党支持の目的で党機関紙しんぶん赤旗を配布したことが国公法102-1が禁止する政治的行為にあたるとして起訴されたというものです。
最高裁はHに対して無罪判決を出したわけです。

問題は猿払事件との関係で如何なる考えをとったかということで、そこには大きく2つの面白い点を見ることができます。
一つは猿払事件の読み方に関するもので、法セ697-26において蟻川教授が指摘する合憲限定解釈の余地です。
もう一つが大枠としての猿払基準の不採用、よど号基準の採用ということであります。


1.合憲限定解釈について
前者について蟻川も指摘するように、猿払判決は既に政治的行為について合憲限定解釈の余地をそこに打ち出していると見ることができます。
というのも、猿払事件において「公務員の政治的中立性を損うおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところである」と述べているように、公務員の政治的中立性を損うおそれがあるという限定が付されたうえで制約を認めているため、そもそも政治的中立性を害しない行為について猿払事件は射程とせず、国公法も処罰対象としないとしうることが示唆されているというわけである。
この暗示を踏まえたのが本判決で猿払判決の示唆通り明示的に合憲限定解釈を行い、国公法の処罰対象から外す判示をしたといえる。


2.猿払基準とよど号基準
さて、後者、違憲審査基準について、蟻川は枠組がよど号基準という総合衡量へと変更されたことについて、さして重要視しているようには見えない。猿払基準の目的手段審査的性格は総合衡量に取り込まれ、利益衡量が全面にだされたという評価をしているように読める。
しかし憲法学において目的手段審査が占める位置は大きく、その代表ともされる猿払基準が同様の事案であったにもかかわらず採用されなかったことの意味は存外大きいように思える。
確かに猿払事件をはじめとする判例の引用があるが、その引用によど号事件の延長線上にある成田新法事件の引用があることも示唆に富んでいる。成田新法事件においても集会の自由との関係でよど号基準を用い、かつ合憲限定解釈がなされたことはあまり注視されないことながら重要であろう。
このように考えると、本事案からはあえて猿払基準を用いず、利益衡量を正面から肯定するよど号基準を採用することには、一定の意味があり、既存の目的手段審査への偏重へ一石を投じる姿勢を垣間見ることができるのではなかろうか。

世田谷事件、猿払事件と堀越事件での事案レベルでの差異、一般論としての違憲審査基準の定立と審査密度の設定の区別等関連する話はまた気が向いたときに。

またあわせて、今回触れずじまいにおわった、法時1056(2013.2)に首都大・木村教授が、「公務員の政治的行為の規制について──大阪市条例と平成24年最高裁二判決」として、法セ698(2013.3)に慶応大・駒村教授が「憲法訴訟の現代的転回」の最終回として解説しているところもみていきたいところです。

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