【憲法】 新しい人権、無名の権利―権利と利益 | 法学事始ブログ

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今回は憲法13条、いわゆる幸福追求権について見ていきたいと思います。
かつて人権についての2つの考え方として質的限定、量的拡張の話をしましたがその延長線上の議論です。


1.芦部・人格的利益説の意図するところ―権利と利益の峻別
先ず芦部学説から。所謂人格的利益説です。
芦部の言わんとするところは
「憲法上の権利としてカタログ化された権利は人権の中で歴史的に侵害されることが多くとりわけ保護の必要性の高い重要な権利自由である。

それゆえ社会の変革に伴い保護の必要性が高い法的利益について、権利性を付与することは妨げられない。

但し、あらゆる利益を憲法上の保護の対象として間口を広げることは憲法の保障の価値を下げることになる。

ゆえに憲法上の保護は自律的な個人が人格的に生存するために不可欠と考えられる利益にのみ与えられるべきである」
というものです。人権と憲法上の権利の区別を意識するとこうなるでしょう。高橋基本書がその点明確ですのでご覧下さい。
質的限定説的な立場からあらゆる利益に憲法上の保障を与えずその保護範囲を一定の価値判断を以て限定的に解しています。

このまとめたところを見ればわかるように最後の「ゆえに~」についてはその流れには飛躍があります。

仮に限定されるにしても、なぜ人格的利益にその保障が限定されるのかについては説明がないのが現状です。

人格的利益の範囲も不明瞭であること、人格的利益であれば厚く保護すべきであるという一定の価値判断に立つ思想背景を持たなければ凡そ正当化されないということもいえるでしょう。


ちなみに、人格的利益説という前提に立ったとして、その憲法上保護の対象とされない利益がどうなるのかというと、全く保護が与えられないというものではなく、法律上保護の対象にはなるので比例原則などにより保護が与えられることには注意が必要です。
この権利と利益を区別する考え方は、判例にも現れており、

例えば景観利益について、それが景観権としての保護が与えられないことを前提にしつつ、不法行為の可能性を探る国立マンション訴訟(最判H18.3.30民集60-3-958)などはこの立場といえるでしょう。
権利性の付与はその効果として憲法上の強い保護が与えられる点、権利性が認められれば利益にとどまるよりその保護は強く働きます。

憲法上の権利性を肯定する事例はプライバシーなどではあれどなかなか認められていないのが現状で、その点では芦部の人格的利益説の妥当性は検証もままなりません。
ただあらゆる利益に権利性を認めないという意味で判例は質的限定説に立つこと、言い換えれば一般的自由説を採用していないことはどうやらいえそうです。


これに関係して、一般的自由説の示唆すること、宍戸「憲法解釈論の応用と展開」第2章の話の意味など、

まだ書き足りないことはあるわけですが、ひとまずここまでにして、

それは今後に委ねることにしたいと思います。

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