妖怪 「酒呑童子」(29)-戻り橋(最終回)- |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

 老ノ坂に狼煙が一筋立ち昇った。それからしばらくして、栗童子が立っていた。

 そこへ、木の上から虎熊童子が降り立った。

「なんじゃ、栗童子ではないか、茨木童子の腕は治ったか」

「治りました、しかし」

「しかし、何じゃ、今日は一緒に来てはおらぬのか」

「茨木童子様は酒呑童子様と夕霧の仇を討つと、一条戻り橋へ行かれました」

「……」

「俺は、一緒に行きたいといったのですが、許してもらえず、虎熊童子様を助けて首塚大明神に眠る酒呑童子様の遺骨を救い出せと言われました」

「そうか、そうしたか」

「一緒に茨木童子様のところに行きましょう」

「行ってはならん。茨木童子は自分の運命を決めたのだ。栗童子、お前には大切な仕事がある」

「酒呑童子様の遺骨を大江山に帰しに行くことでしょう」

「それもあるが、違う。お前は若い。そしてわしは年老いた。わしら童子の中で語り継ぐものが居なくなった。金のことは心配するな。大江山に戻って、わしらの物語を語り継いでくれ。出来るか」

「……俺しかおらぬのなら、やるしかなかろう。」

「よう言うた。この肉体が朽ちようとも、我らの魂は行き続けさせなばなるまい。その術を教えてやる。いや、わしの全ての術も教えてやる。棟梁の骨はここにも少しだけ残して行こう。夜を待って始める。」

「わかった。」


 ここは一条戻り橋。


 死に行く人の魂が戻る橋。


 その日の午後、堀川に架かる戻り橋を時々人が行き来する。橋近くに生え立つ桜の木の下に、一人の若い女が立っていた。

 女は木陰より、誰かを探すようにじっと立っていた。


 しばらくして、一条通りの奥から一人の大男が歩いてきた。

 女は橋へと歩き出し、途中で目まいを起して座り込んだ。


「もし、いかがなされた」

「はい、突如目まいが」


 渡辺綱は女を覗き込んだ。

「これはいかん、ひどく顔色が悪いではないか」

「申し訳ございません、少し休めば」

「いやいや、このようなところでは体に障る。少し先に知り合いの館がある。そこに頼みますゆえ、さ、わしの背中につかまりなされ、ささ、遠慮のう」

 はそう言って、女に背中を向けた。男の背を見る女の顔が動いた。目が釣り上がり、口は裂け、恨みを吐き出す顔に変わる。


(綱、ここに死ねえ)


 背後に突然の殺気を浴びた渡辺綱は、緊張で強張った。


「ウォーッ」


 しかし綱は長年の経験で、突然の呪縛を逃れる術を知っていた。大声を発して地面に寝転ぶ。剣を抜く間もなく手刀で構える。


 同時に茨木童子も、綱の突然の声に警戒して飛びのいた。


1

(清明神社にある戻り橋)


 は立ち上がって童子を睨み据えた。


「おのれおぬしか、わしを騙そうとしたか」


「何が騙すだ。お前達は棟梁達をを騙して殺したではないか。ふん、勝手に鬼妖怪と呼ばわって、都合の良いように物語を造りおって英雄気取りか。よくよく見れば平安の都など、塀崩れて家倒れても我関せず、ただ租税を取って贅沢極める一部の者のためだけにあるような所、そのために平和に暮らしていた地方の者から幸せを毟り取って行く。こんな無意味な都など無くなってしまえば良い」
 

 童子は綱の頭上高く飛び上がり、桜の花弁に銀の粉を混ぜ、頭上から綱をめがけて投げつけた。


「グオッ」


 綱は銀の粉に目を霞ませる。桜の花弁が視界を塞ぐ。


「死ねい」


 飛び上がって背後を取った茨木童子は、の頭上から短剣を突き刺した。


「シャーッ」


 名刀鬼切り。綱は腰を落とし、振り向きざま声の方向へ切り上げた。ヒュッ、刀が鳴る。速い。



1

(歌川国芳・画、江戸時代、私の物語とは話の筋が違います、この画では、一条戻り橋で片腕を切り落とされます)


「グエーッ」


 茨木童子は、橋の上に叩き付けられた。


 渡辺綱は、目をこすりながら刀の血を振り払った。


「ふっ……ふっ、又しても、クソッ」


 わき腹は大きく切り裂かれ、夥(おびただ)しい血が橋を染め始めた。腹を切られると助からない。茨木童子は腹を押さえながら、立ち上がろうともがいていた。片手を欄干に伸ばし、何度も何度も立ち上がろうとした。

 渡辺綱は息を整えながら立ち尽くす。


「はっ、はっ、はっ、くそっ、おのれっ渡辺綱めっ、おのれっ」


「……」


 やがて茨木童子は疲れ果ててきた。血が流れ、次第に体力を奪われ、もはや動く気力さえ薄れ始めた。


 渡辺綱茨木童子をじっと見ていた。童子から放たれていた怒りと恨みの気迫は除々に薄れ、後に悲みの顔だけが残った。童子の頬には涙。


「はっ、はっ、……おのっ……おっ…おのっ…おのっおのっおのれっオノレッ」


 渡辺綱は戻り橋の欄干に力なくもたれている茨木童子を片手で持ち上げ、肩に担いだ。


「おのれっおのれっおのっ……おのっ……おっ…………おっ……」


「……」


 静かに舞い降る桜雪


 夕日が照らした東山


 戻り橋には戻らずに、童子を担いで歩き去る


 何も知らずの桜花、童子にやさしく舞い降りた。



 二千年を過ぎたある日。


「夕貴ちゃん桜子ちゃん、遠くに行ったらだめですよお」

「遠くに行ったら、鬼にさらわれちゃうよ」

「えーっ、オニー」

「えー、おにー」

「そうそう、怖わーいオニが出てくるぞー」

「鬼が、出てくるのー、こわいなあ」

「くあいなあ」



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---------------- 完 ----------------

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