頼光と四天王は急いだ。都から大江山までは100キロを少し越える。本来なら一泊すべき行程だった。
茨木童子は三戸野峠で部下の栗童子からの報告を聞いていた。
「南にある脛こすり峠から、今日は人通りがやけに多いとの使いが来やした」
「脛こすり峠で、あんな急な峠に、どうしたのだろう。どんな風体の者が多いか聞いたか」
「へい、それは色々でして、山伏、運び屋、えーっと、薪運び、えーっと…」
「もういい、夜叉童子からの連絡は無いな」
「へい、先ほども確認しましたが狼煙はありやせんでした」
「この峠はどうだ、変わったことは無いか」
「へい、いつもとかわりやせん」
「栗童子、しばらくここを見張っていてくれ。おれは馬で確認してくる。」
「わかりやした」
「何かあったら、狼煙で連絡しろよ」
「へい、わかりやした」
そういって、早々と茨木童子は脛こすり峠へ向かった。
茨木童子が馬で山を降りたすぐ後で、頼光ら一行は三戸野峠を登りはじめていた。
「日没までに、間に合いますかな」
「この峠を越えて、上林(かんばやし)まで行くと筏か船を使おう。そうすれば間に合うはずだ」
峠の上から栗童子は白装束の五人組みが上ってくるのを見ていた。山伏はたまに通り過ぎる。別に珍しくも無い。それに、人通りがいつもより多いわけでもない。
栗童子は何気なく遠くに見える老ノ坂峠を見渡した。
しかし、狼煙もなく峠の上は綺麗な青空が広がっていた。
「修験か、俺にはできねえな、ははは」
何事も無く峠を越えた頼光は、峠の下の由良川上流がある口上林(くちかんばやし)まで来た。
「皆で手分けして筏屋をさがせ」
「筏屋なら、あそこがそうでしょう」
「頼もう」
「…」
「頼もう」
しばらくすると、川べりから男が上がってきた。
「もし、そこもとは筏か船を持っておるか」
「ああ、もっとる、船もあるよ」
「船もあるのか、売ってはくれぬか」
「まあ、売らんでもないがの」
「これでどうだ」
頼光は箱に入った銅銭と持ってきた布を男の前に置いた。男は目を見張った。
「これでは足りぬか」
「…、とんでもない、こんなに…」
「そうだ、全部やる。その代わり、船頭をしてはくれぬか」
「船頭。どこまで」
「わし等は元伊勢へと急いでおる。本日の間に大事な物を届けねばならぬのだ」
「…」
「どうだ、これだけの金では足りんと申すか」
男は奥に妻でもいるのだろう、
「おおい、俺は今から人を元伊勢まで案内するで、このお金を片付けとってくれ」
「はーい」
「ついて来てくれ」
男はそう言って川のほうに降りて行った。
「よし、行こう」
「まあ…こんなに沢山」
「取っておいてくれ。さあ、行こう」
五人と人夫二人は船に乗り込んだ。
「途中浅瀬もある。そこでは降りてもらわんといかんけど、ええこ(いいですか)」
「わかった、構わぬ、少し急いでくれ」
船は走り出した。卜部は人夫に言った。
「お前らは、綾部の並松(なんまつ)あたりで降りよ。大原神社に向かってくれ。この文に指示を書いておいた。これを葛城に渡してくれ」
そう言って人夫に文を渡した。
一行は綾部の並松で人夫を降ろして先に進んだ。
「船頭さん、元伊勢に行くにはどうすればよい」
「そうやな、この先の蓼原(たでわら)の先で降りて、しばらく歩くと山に登る道がある。そこをひたすら登れば元伊勢やでよ」
「大江山といえば魔物が住んでいるのではないのか」
「魔物、はっはっは、酒呑童子様のことか。その道の途中に河守(こうもり)というところがある。銅を掘っているところだ。そこに大きな屋敷がある、酒呑童子様は山の守り神やから山伏なら泊めてくれるとおもいますがの」
「ほう、それは良い事を聞いた。ちょうど日没だ。そこで泊めてもらおう」
空が少し赤く染まりだした頃、鬼ヶ城の片隅から由良川を下る一艘の船をジッと見ている男がいた。金熊童子。
(山伏が何で船になど乗っておるのか…、横着なものだの、一応確かめて見るか)
由良川は鬼ヶ城を回り込むように流れている。金熊童子は馬を出して船の先へ回った。