妖怪 「酒呑童子」(その15)-前 夜- |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

 夕霧は鬼ヶ城から眺める由良川の流れを見るのが好きだった。壁に掛かった般若が夕霧を静かに見つめる。そこへ茨木童子が入ってきた。


「夕(ゆう)、入るぞ」

「田の色は茶色く、山の色は真っ赤になりましたね」


 川の周囲では、物を運んだり畑仕事をしたり、人々が何かの目的に追われて生きている。童子は夕霧を背後からやさしく抱いた。



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「ゆう、…夕は都に帰りたいか。」

「…もういいの。都よりあの町や村の人々のほうが幸せそう。」

「内裏は幸せなところではないのか。」

「十二一重、歌留多遊び、歌を歌って意中の人に見染めてもらう。毎日毎日」

「女はそれが一番幸せなのだろう」

「都以外のことは何も知らず。知らないところは全て魔界か鬼が住んでいると真剣に思っていた。あそこに見える田畑の中だけで幸せと安らぎを求めて生きてゆく。それが、一番幸せかもしれません。しかし、こうやって山の人と話し、旅の人の話を聞いて、村の祭りを見て、野山に生きる人皆が幸せなのではないかと感じるほうが、本当の幸せかと思う日々です」


 最近、茨木童子の顔はやさしい青年の顔になっていた。


「父上のことは気になるか」

「気にならないと言えば嘘でございます。しかし、ほとんど帰ってきたことの無い父でした、童子様は父上は生きておられるのでございましょう」

「生きている。必死で生きていた。今年の桜が散った頃、茨木村に行った。今にも崩れそうなあばら屋で、やせ細った父は生きていた。俺のことを『立派になった』といってくれた。物心がついて生まれて初めて見た父だった。父を連れてこようとしたが、頑として動かなかった。私はまた来るといって入り口に米と銅銭を置いて帰ってきた」

「どうしてついて来られなかったのでしょう」

「俺を捨てた負い目だろうか…、わからない」

「童子様、都では男同士の、女同士の騙し合い。男と女の化かし合い。来る日も来る日も、己の事しか考えぬものばかり。ワタチは、ここに来て初めて人の心を知りました。あなたからも。」

「ははは、俺は鬼ではなかったのか」

「鬼のほうがよほど人かもしれませぬ。童子様、ワタチはあなたが愛しい。」

「俺もだ、ユウ」


「…あっ」

 童子は夕霧を抱きしめ懐かしむ様に胸に甘えていった。


 帝(冷泉天皇)の摂政(天皇に代わって政治をする)をしていた関白太政大臣藤原 実頼(ふじわら の さねより)は、上機嫌で頼光を招いていた。側には陰陽師安部清明も座っている。


「ライコウ。いよいよ明日でおじゃるか。鬼の首、必ずや取ってまいれよ」

「は、ライコウ神に誓いて、必ずや鬼の首を取って参ります。」



【16へ続く】


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