波の谷間で眠りたい --7-- |         きんぱこ(^^)v  

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  きんぱこ教室、事件簿、小説、評論そして備忘録
      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

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フラッシュバック。(注)


絶体絶命の状況になったとき、人間が「もうだめだ・・」と生きることを諦めた瞬間に、この現象は始まる。


私が自動車免許を取って間もない時に、経験未熟な運転ミスで死んだと思った事故を起したことがあった。


雨上がりの下り坂。


交差点を減速して左折しようとブレーキを踏んだ時にスリップした。


驚いた私は、スリップしたのだから・・逆にブレーキを踏み切れずに交差点をオーバーランした。


幸い、対向車は止まってはいなかったが、止まろうとしていた車はあった。


下り坂でブレーキをかけ損ねたから、速度は落ちていない。


正面衝突を避けるためにハンドルを無意識に左に切った。


車はスピードを保ったまま左のタイヤが浮き始め、右の片足走行になった。


車は、交差点をU字に回る。


正面には石で組まれた大きな屋敷の壁があった。


速度は落ちずに、片足走行で大きな石壁に真っ直ぐ突っ込もうとしていた。


私は、なすすべもなく迫り来る正面の石壁をみて、とうとうフッと自分の人生を諦めた。


その瞬間。


まず、私の心の何かが崩れた。


何かはわからないが、レンガで積まれたようなものでそれが崩れ落ちる感じ。


そこから、この現象は始まった。


人間の脳は普段は全体の数分の1しか動いていないらしい。


しかし、全ての脳が動き出す。


その時点から、過去の印象ある思い出や言葉、自分の心に残る恥や暖かい印象。


そのようなものがどんどん頭の中を駆け巡る。


過去に向かって。


そしてとうとう幼少にまでさかのぼり、記憶の貯金が無くなったときに、闇になる。


私の場合は幸いにも生きていた。


気が付けば、車は横倒しになったまま運転席を下にして岩壁に沿って横たわっていた。


衝突の寸前に、わからなかったが手前においてあった石に当たって車の方向が変わり、フロントとタイヤがクッションになって岩壁の衝突をやわらげたようだった。


私は生きていることに気が付いて、潜水艦のように助手席のドアを上に開けて外に出た。


ドアというのはとても重たくて、上に開けるのに苦労した。


警察での調書にはその通り書いた。


警官は信じなかった。


「・・・・・・。あーのねえ、なるほどとは思うけど、ぶつかるまでの時間はほんの2,3秒だったと思うよ。その時間でこれだけのことが頭に浮かぶわけがないじゃない。」


「いや・・・本当にそうだったんですよ。嘘なんか言ってもしかたないし」


「うーん・・・・どうだろうかねえ、まあ、いいです。」


「・・・・」


人間、一度や二度ほどは死に直面することがあるだろう。


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フラッシュバック


この夏、藤本が死んだ。


比叡山に比叡平という住宅街がある。


伏見から比叡平に住む友人の家に行く途中、信号のない交差点で右から来た車と衝突した。


相手の車は藤本の車の右前に当たり、彼の車はスピンした。


右前に激突した影響で、ドアが壊れた。


車がスピンしながら宙に浮き、ドアが開いて彼は外へ放り出された。


この頃、シートベルトをつけて乗る人は少なかった。


彼の体はスピンの遠心力で宙を飛び、ブロック塀に頭からぶつかった。


あとで聞いた話だ。


即死だった。


ドアが壊れて開いた時、そして外に放り出され自分が空間にいる時。


彼はこのような展開を想像出来ていなかっただろう。


なんで・・・」などとは思わない。


ただ、自分にとって悪い方向に運命が走っている事がわかっていたはずだ。


無意識に展開が変わってゆき、そのどこかで「ダメだ」と思う瞬間があったのではなかろうか。


車から放り出されてからは、スローモーションになっていたはずだ。


最初に視覚だけが異常に稼動する。


視界の中の全ての物がスローモーションでスライドしてゆく。


そして、ダメだを合図に画像が崩れだす。レンガが崩れる時のように・・・。


フラッシュバックの始まりだ。


画像がモノクロームに変わり、暗い世界で記憶の波が押し寄せる。


どんどん押し寄せる。


悲しいような寂しいような・・・恥ずかしいような心の波も。


だんだん小さな頃の思い出が浮かび、最後は闇になる。


私の場合、闇の手前でふっと笑った。


たしかに・・・笑った


藤本も同じではなかっただろうか・・・。


しかし、藤本は闇から戻ることは無かった。


私たちがそこ事を知ったのは、事故から数時間後で、藤本の友人伝いで知らされた。


「うっそー・・・」


「えー、なんでやあ・・・・」


岡田の家に集まったみんなは、それ以上の言葉が出て来なかった。




「な~~~むんだー、なーむんだー・・・・」


浄土真宗の葬式は初めてだった。


親鸞聖人が始めた浄土真宗。


本願寺とも言うし、一向宗とも言う。


上人は僧侶ではない。


宗派によって聖人とも書く。


蓮如(れんにょ)聖人が真宗を広め、大阪石山(今の大阪城)に小さな庵を建てた。


戦国時代、顕如(けんにょ)聖人が石山本願寺を堀のある日本最大の要塞寺にした。


顕如聖人は天皇から上級公家しかなれない門跡(もんぜき)の称号を得た。


聖人ではなく「公家」になったのだ。


一向宗の反乱は織田信長の天下統一の道を10年遅らせた。


徳川家康も一向宗の反乱には苦しんだ。


明治になって本願寺は政治介入を自ら恥じた。


「な~~~むんだー、なーむんだー・・・・」
「な~~~むんだー、なーむんだー・・・・」


繰返し呼ばれる南無阿弥陀仏が、グレゴリアンシャンテの歌を聴くときに似て、重奏なテノールの音とともに夢の中へと導かれる。


人は死ぬと輪廻転生するという。


しかし、本願寺の場合は死んでも生まれ変わらないと聞く。


西の空に極楽浄土という場所があり、人は死ぬとそこに導かれるらしい。


昨日の夜にみんなでタオルに寄せ書きをした。


清水谷は帰れずに、後で墓参りに行くと言っていたので私が代筆した。


「みんなをちゃんと見守っててくれよ」(岡田)


「天国で幸せ見つけてね」(カナ)


「サーフィン続けろよ」(宿場)


「先に行ってシークレット(秘密のポイント)見つけておいてくれな」(福山)


「思い出は永遠に俺たちだけの物」(清水谷)


「みんな後から行くから、寂しくなったら降りて来いよ」(私)


出棺前に、家族に遠慮しながら藤本の足元に花と一緒に供えた。


帰りはみんな無言で岡田の車に乗った。


車では、ライオネルリッチーの「オールナイトロング」がかかっていた。


なぜかライオネルリッチーはカルチャークラブのボーカル、ボーイジョージの次に顔がでかかったことを思い出した。


(Lionel Richie - All Night Long)


「なんか、死ぬ時ってあっけないんやな」


「生きるって何なんやろな」


「・・・」


「あのあたりに、あるんかな極楽浄土が・・」


「そうやな、あっちでもサーフィンできんねやろか・・・」


「みんなで今から飯食って飲みに行こか、オールナイトロングや」


「そうしよ、河原町のオフザウォールにでも行こっか」


青く晴れ上がった西の空に浮かぶ雲を、太陽がオレンジに染めようとしていた。



1


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注)フラッシュバック


ウィキペディアには下記のように記載されている。

人それぞれフラッシュバックの起こりえる現象は違うみたいだ。


私の場合は自分の経験を元に考えてみた。


【Wikipedia(ウィキペディア)】


フラッシュバックとは、強いトラウマ体験(心的外傷 )を受けた場合に、後になってその記憶 が、突然かつ非常に鮮明に思い出されたり、同様に に見たりする現象。心的外傷後ストレス障害 (PTSD)や急性ストレス障害 に顕著である。

フラッシュバックという用語は過去に起こった記憶で、その記憶が無意識 に思い出されかつそれが現実 に起こっているかのような感覚 が非常に激しいときに特に使われる。フラッシュバックは必ずしも映像及び音が存在するとは限らない。記憶には様々な要素があるため、フラッシュバックは「恐怖」などといった感情や味覚、痛覚など、感覚の衝撃として発生し得る。

フラッシュバックは、幼児期に経験した外傷体験を言語的に認識する能力を持たないまま記憶し、それでもなお忘れられない場合にも起こる。この、外傷体験を当初から取り込むことに失敗する現象のことを解離 という。この記憶はまともに意識に上らないため、時間に抵抗し変造加工が困難である。また、それゆえにフラッシュバック性の記憶はその鮮明さにも拘らず言語化が困難でもある。さらに時間とともに霞がかからずむしろ原記憶よりも鮮明さは増す傾向が強い。

幼年期のトラウマ の体験者は、これらの感情 の記憶を意識化しないまま持っている可能性もあり、そしてフラッシュバックにおいてそれらを再経験する可能性がある。このような記憶は他には覚醒剤 中毒 者らが断薬後数十年を経て少量の覚醒剤により過去の記憶がまざまざと蘇る事などが挙げられる。


関連項目

フラッシュバック 【flashback】
(1)過去の記憶や情景がはっきりと思い出されること。
(2)映画・テレビなどの編集技法の一。ごく短いショットを複数つなぐこと。驚きや衝撃などの心理表現などに使用する。フラッシュ-カット。
(3)麻薬などの常用者であった者に起こる幻覚の再現。



【沖田】私。

【岡田】ドラムが好きな沖田の親友

【清水谷】ベース好きのサーファー、無口なので

 あまり出てこない。プロを目指して東京に行く

【福山】ギターを弾く、女好き。

【かな子】岡田の彼女。日焼けで真っ黒。サーフィンもする。

【ちせみ】私の彼女

【宿場】13年落ちのホンダゼットを運転。後輩

【藤本】宿場の親友。サーフィンのプロを目指す。

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