この夏休み中にはじめましての方が

多くなりましたので、改めて自己紹介

させて頂きます。

 

僕はTarotと申します。生まれながら

体の半分が不自由です。

 

ただし自分では不自由を感じたことは

ございません。今、マンションに独り

で暮らしております。

 

都心に会社があり電車で約40分程度

かけて通勤しております(もちろん、

ひとりです)。

 

このブログを読んでいく上で、一般的

には聞き慣れないキーとなる文言が

あります。

 

それは「烙印」です。「烙印」には第一

と第二があります。

 

今日は、第一の「烙印」についてお話し

します。

 

僕は生まれながらに半身が不自由と

先程話しましたが、それとセットで

物心ついた頃から、親より厳しい教育

方針に基づくリハビリと教育をこの身

に刻み込まれました。

 

ただそれはひとりの人間として生きて

いくための指導でした。

 

ですから僕は今でも両親から僕に向

かって障碍者という言葉を聞いたこと

がありません。

 

僕が、自分で障碍者という存在で

あると知ったのは、小学校3・4

年生の時に体が不自由という理由

で、クラスの生徒全員からイジメ

を受けることになった時、はじめて

そういう存在であると認識させら

れました。

 

2年間の殴る蹴るの暴行・・・

 

雨上がりの水たまりに頭を突っ込

まれ、血と泥水が混じった味・・・

 

近所からも村八分扱いをされま

した。

 

この時、受けた屈辱が第一の

「烙印」となり、これを想い出す

だけでも心の奥底にある当時の

復讐心が沸き上がってきます。

 

ただし今想えばですが、この

経験が・・・復讐心が・・・

 

僕自身を人よりも、より高く押し

上げるきっかけになったと感じて

おります(イジメは絶対に悪い

ことです)。

 

それと・・・僕は、僕自身にも他者

にも厳しいです。ただその厳しさ

は、たぶん他の人とは違っている

ものと想っています。

 

痛みを知っているがゆえの厳しさ

というべきでしょうか。

 

それは実際に僕と接した人達が

言っていることなので、自分と

しては自覚がないのですが・・・。

 

最後に2年間のイジメに耐え抜いた

のは、どうしてか・・・

 

それは親がひとりでも生き抜くこと

しか教育していなかったからです。

 

社会では、いくらでも厳しいこと、

苦しいことはあるって・・・ね。

 

僕は神様は信じていませんが、

人生の最初の出逢いが、この

親との出逢いであったことには

とても感謝しています。

 

(つづく)

 

Tarot