社会の変容 | 鈴木太郎の思うこと

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1月7日、親戚一同の集まりがあった。

 

11月から家族関係が苦手になってしまい、大変疲れた。

 

昨日は、泥のように眠っていた。

 

 

明けて今日、1月9日だ。

 

ニュースで着物屋が営業してなくて、晴れ着が着れない成人のことをやっていた。

 

成人の日は、昔は1月15日と決められていたけど、いつのまにか・・・と書くと無責任な気がして調べたら、2000年からハッピーマンデー制度の導入とやらで1月第2月曜日が成人の日となったらしい。

 

・・・・・もう18年も前の話なのか。

 

 

 

 

 

昨日、泥のように昼間寝てたせいで、夜中は寝付けなかった。当たり前のことである。なので、仕方なく年末にやってたガキ使SP「笑ってはいけないアメリカンポリス」の録画を見た。

 

前回、前々回と問題視された「ブラックフェイス問題」、「ベッキー タイキック問題」を流れを追って、見たのだけど「ブラックフェイス」は「大丈夫かな?」と少し心配になって見てたけど、「ベッキー タイキック」の方は本当に何が問題なのか分からなかった。

 

むしろ個人的には毎年決まったフォーマットに則ってやっている番組のマンネリの方が心配になった。

 

そして番組後半の、深い時間にいつもやってる汚れ芸人同士のゲームのメニューに、「尻の穴に空気入れて、空気ださんと我慢できるか!?」(正式な名称は忘れた)のコーナーがないことに寂しさを覚えた。

 

下品で低俗極まりないのは百も承知だし、そう思うなら見なければいいのに・・・(と発言して、フジテレビは視聴率がとれなくなる憂き目にあったが)と思うのだが、そういうわけにはいかないのが今の世の中なのだろうか。

 

今回、記事を書く前にタイトルを「社会の変容」としたのだけれど、「ブラックフェイス問題」、「ベッキー タイキック問題」両方ともガキ使SPとしては通常運転で、何も過激なことを狙ってのことだとは思えなかった。

 

(その点、水曜日のダウンタウンはコンプラのスレスレを意識してやっているように思う)

 

なんでも年末のガキ使SPは、2017年で12年目になるそうで立派な長寿番組といえると思うのだが、内容を変えずに毎年放送し続けて、何故2017年版だけが批判の的とされるのかが不思議だ。

 

これは番組が変わったのではなく、社会が変容したと言ってもいいんじゃないだろうか。

 

思えばこうした批判が顕著に現れたのは、東京五輪エンブレムマークの騒動からだったように思う。

 

あの時はパクリの有無が論点だったので仕方がないかなと思える部分もあった(それにしてはやりすぎだと思ったが)。

 

今回の番組で物議を醸した件は、それまで問題視されてなかったようなことが急に問題とみなされた感が自分の中では強い。

 

ブラックフェイス問題については、黒人が差別されてきた経緯があるので、まだ一理ある話とも思える。

 

しかし、「ベッキー タイキック」の方は、ネットニュースで問題とされてる「禊(みそぎ)」なる言葉はテロップで出ていただけで、出演者は誰もそんなことを口にしてなかったように思う。

 

それなのに、松本人志の笑いは不快だとする声も目にした。

 

 

 

ここで何か書いたところで届くことはないと思ってるが、今回の一件を受けて「バラエティ番組における差別とはなんなのか、いじめとはなんなのか」をテーマに一本番組を作った方が面白いんじゃないかと思う。

 

出演者は、ダウンタウン、ココリコ、月亭方正、ガキ使スタッフ・・・。そして、対立する側の意見もないと番組として成立しないので、オリラジ中田やカズレーザーなんかも入れていいかも知れない。

 

あくまで笑いの要素は気にせずに、お笑い芸人だけで多様な意見をくみかわす番組が見たい。

 

今なら旬の炎上芸人、ウーマン村本や理屈だけはやたら多いキングコング西野。あと、差別的なお笑いをやらない(という自分の中のイメージ)のおぎやはぎの二人なんかも入れたら面白いかも知れない。

 

いってみれば、今回の件を受けて、芸人だけで「朝ナマ」みたいな番組をガチでやるのは面白いんじゃないかと思ったという話だ。

 

東京に出始めた頃のダウンタウンのイメージというのは、もともといじめを連想させる(後輩芸人に対しての弄り)や浜田のツッコミは暴力的だと言われ、反感を買うことも多かった。

 

その後、それらの声を凌駕する形で人気と笑いをとり、ダウンタウンはトップに上り詰めたわけだが、社会がこのように変容した(と自分には見える)今、笑い抜きで今のこの現象を語る企画は面白いと思うのだが、実現は難しいのだろうか・・・。

 

自分の中では「朝ナマ」と関西ローカルでやってた関西テレビが日曜の朝6時半から放送してた「視聴者の声に答える」といった番組のイメージがある。

 

 

 

もしガキ使が「一部の方を傷ついたと感じさせる表現があったことをお詫びします」というテロップを番組内で流したら、もう同じようなことは出来ないということで、それだと番組作りにかなり支障が出るんじゃないか、と思える。それに今のテレビ業界だと、右に倣えで、似たような企画は全部NGということにもなりかねない。

 

テロップ一本で「とりあえず」謝るよりは、「こういう考えのもとに番組を制作してます」と説明したほうがずっと今後のためにもなると思う。

 

自分も「後輩いじり」とされる笑いを見てて、嫌悪感を覚える時がある。いわく「信頼関係に基づいた“いじり”は、“いじめ”ではない」とのことらしいが本当にそうなんだろうか。そこらへんもどう考えてるのか知りたい。

 

そうしたことも議題にあげて、ガキ使特別編と称して、深夜でもいいので放送して欲しい。日曜の昼間でもいいと思う。

 

最近、ラジオで爆笑問題田中が、「過程を見せたいやつはお笑いするな」と発言したが、松本人志という人はテレビ以外でそうした発言を今まで山ほどしてきた。

 

それがいいか悪いかという話ではなく、やり方の問題だと自分は思うのだ。しかし「過程」にばかりフォーカスして、肝心の笑いがとれなかったらどうしようもないとは思うんだが。

 

その点においては自分はダウンタウンを信頼してるので、基調はマジトーンでありながら、随所に笑えるところも入れていくという単発番組が作れるんじゃないかと思うし、自分はすごく今、それが見たい。

 

このまま、この問題が流されていったら、自分は物足りなさを感じる。

 

そうしたものを見たいという声は多いように自分は思うのだが、どうなろう??

 

実現したら、自分は録画もしてリアルタイムでも食い入るように見ると思う。

 

こういう声ってどうやったら届くのだろう・・・と書いて、記事を終わりにする。

 

 

 

 

 

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