ぼくが発見された日2/ぼくが救われた日 | 新編 太郎日記・わが家の郵政解散

新編 太郎日記・わが家の郵政解散

トトさまが巻き込まれた郵政新党騒ぎ内幕の因縁をぼくの誕生から

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40才になっもトトさまは、政治家はできるだけ家族の縁がない方が良いと云う、世間一般の国会議員や地方議員を目指す人々が良き家庭人であることを強調するのとは全く違った家族観を持っていました。できるだけ家族や縁者を少なくしていなければ、何事か自分の命を投げ出さねばならない切り所に追い込まれた時に政治家として本分を全うできないと云うのです。また、良き家庭人であるような人間に政治はできないと云う、現在の価値観からすると全く逆の考えを持っています。その事は今も変わらぬ基本的なトトさまの哲学で、世の人々は、自分の家族さえ幸せにできない人間がどうして政治ができるかと考えるのですが、家族を幸福にできるような余裕をもって政治を行うなどは、世間様に申しわけないと、ぼくのトトさまは言うのです。
そんな、トトさまの哲学は、ぼくのミルクが買えないだとか、お米があと1日でなくなると云うような窮地にわが家をよく追い込みます。

 で、『選挙も直前、子などいては政治もできない。堕胎せ!』とトトさまが言うだろうとハハさまは思ったのでした。そんなわけで、命を絶たれるか、助かるか結果がどうであっても、ぼくは予定外の子だったのです。産科医院でハハさまが告げられた、ぼくの出産予定日は10月10日でしたから、生まれた年の元旦の夜に仲むつまじくトトさまとハハさまが交わっていた時に思わずできた子なのです。

 選挙を一月後に控えたこの夜、二人だけの、ぼくを入れて三人の家族会議でカカさまに子どもができたことを告げられたトトさまの返事は、
 『そう、それはそういう事だと云うことと思う。』でした。
 この一言は何を意味するかと云うかといえば、人生を決定づける岐路にたった時、頑に意志的な判断にこだわるトトさまが、この時は選挙の当落も、その後どうなるかも、その他すべて身の回りで起る世の中の事を総じてあるがままに受け入れようと云う不思議な心境に、ぼくがお腹にいることをハハさまに告げられるとなっということでした。ぼくがカカさまのお腹のなかに息づいている、その事もそのまま受け入れようと云う、普段は、妙にかど張ったトトさまをおだやかで自然な心持ちがつつみ込み、ぼくは生まれてくることになったのでした。

 『その子を産んで、育てなさい。』と誰かに言われているような気がする。そうするのだと云う不思議な意志の圧力のようなものが体をつつんでいる気もするなどと、トトさまは、普段では似つかわしくないことをいくつか口にしたのでが、とにかくぼくを産もうと云うことが決まりカカさまは安心すると同時に、いままで頬を濡らしていた涙を決然とぬぐい、子を腹に宿して過酷な選挙選をどう戦うかに話題をかえました。
 トトさまといえば、そんなカカさまを前に、話しを半分も聞かず『それにしても、どの夜にしくじったかな?やっぱり大晦日か、元旦か。ちょっと元気がよすぎたかな。』などと自問自答するのでした。


 こうして、ぼくが人類として誕生できるかどうかを決める家族会議は終わり
 その後、ぼくはカカさまのお腹にしがみついてトトさまとカカさまと三人で一緒に選挙を闘う事になります。