えもんブログ

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ラーメンよりつけ麺のほうが良い。

 

元来猫舌というのもあるが、つけ麺のほうが小麦の風味をダイレクトに感じられる。グルテン麻薬の依存症である。(グルテンはエクソルフィンという麻薬のようなポリペクチドに分解され、エクソルフィンは体内に吸収されて脳にあるモルヒネなどの麻薬の受容体であるオピオイド受容体に結合)

 

つけ麺の歴史について調べてみた。

新横浜ラーメン博物館のHP内の「日本のラーメンの歴史」のページで最初につけ麺について記述されているのが、以下の文章。

 

「1955年:中野「大勝軒」にて、山岸一雄氏がつけ麺を開発。その後、東池袋大勝軒で「もりそば」と言う名で大ヒットし、その後数十年にも渡って行列を維持している。」

 

wikipediaによると、山岸が17歳の時に勤めた修業店で、残ってしまった麺をスープと醤油を湯のみ茶碗に入れ浸して食していた賄食がベース。このころ山岸は、親の従兄弟であり、「兄貴」と慕っていた坂口政安と一緒に修業をしていた。1年後、坂口が独立し大勝軒(中野店)を立ち上げた際、山岸は行動を共にした。後に坂口が代々木上原に本店を構えた事により、山岸が中野店の店長として任され活動していた頃、引き続きこの賄食を食していた。それを見ていた客の関心を惹きつけ、試食してもらうと好評価を得たことから「これをメニューにしたら売れるかもしれない」と感じ、様々な試行錯誤の後、冷やし中華の甘酸っぱさを参考に酢と砂糖で調味し、麺の量は見栄え良くするためラーメンの3割増しにして、メニューの一品「もりそば」として完成させた。1955年「特製もりそば」(当時の代金40円)として供されたのが商品化された最初のつけ麺とされる。

 

「1961年:    東京・東池袋に山岸一雄氏『大勝軒』開業」

 

この頃は、つけ麺ではなく「もりそば」「つけそば」の名称が使われていた。

 

「1973年:    「つけ麺」の名付け親である、「つけ麺大王」がオープン」

昭和50年代に都内を中心に、最盛期は1日1店舗ペースで展開。つけ麺という名称を始めて用いた元祖にして、麺をスープにつけて食べるというスタイルを世に知らしめた一大フランチャイズチェーン。自分も赤羽に住んでいた頃、東口方面にあったつけ麺大王に何度か通った。中野大勝軒のつけそばがヒントになったという通り、甘酸っぱい醤油たれだったと思う。

 

昭和末期、山岸が弟子を取ることに方針を転換して約100人の弟子を持ち、暖簾分けもさせた。このことでつけ麺がさらにメジャーな存在として各地に広がっていき、つけ麺自体も進化していくこととなる。例えば、「麵屋こうじ」グループ。山岸の教えを忠実に守り発展した。さらに、麵屋こうじグループからは、

 

松戸『中華蕎麦 とみ田』の富田治
新小岩『麺屋 一燈』の坂本幸彦
亀有『つけ麺 道』の長濱洸也
東十条『麺処 ほん田』の本田裕樹

 

といった錚々たるメンバーが巣立っていった。

 

「2000年:    魚粉(節粉)、極太麺、濃厚魚介という新しいつけ麺の流れを作った頑者(埼玉・川越)がオープン。」

頑者は大勝軒とは別系統になるが、「魚粉」という概念を打ち立てたエポックメイキングな店。

「頑者」店主の大橋英貴は、両親が経営する製麺所「ひかり食品」の長男として育ち、幼少の頃から製麺に携わってきた。つけめんには欠かせない具材「魚粉」を具材として初めて使用したのが大橋。きっかけは、店主大橋がつけめんに合う隠し味を探していたとき、店主の父である故大橋英政が「面白いものがある。」と見つけてきたものが、「魚粉」だった。店主大橋はこの「魚粉」を隠し味として試してみたが納得できず悩んでいたところ、「これは隠し味じゃない、1つの具材なのだ!」という発想が生まれた。この発想が現代のつけめん業界に一石を投じる程の衝撃を与える結果となった。(頑者HPより)

 

2000年代中盤から濃厚魚介つけ麺がブームとなり、三田製麺所や六厘舎(舎鈴、ジャンクガレッジに派生)が誕生。そして2009年につけ麺限定の大規模イベントとして日本初のつけ麺博覧会「大つけ麺博」が東京・日比谷で開催され、つけ麺は単なるブームではなく「食文化」として定着した。

 

こうやって振り返ると、山岸一雄が方針転換して弟子を取り暖簾分けしたことが大きい。方針転換しなかったらまた違う未来があたのだろうし、今こうして様々なつけ麺を食べることもできなかったかもしれない。山岸一雄が「ラーメンの神様」と言われる所以であろう。

昨年訪れたラーメン屋さん一覧。これ以外にも撮り忘れやスマホ内データ削除などで把握できていないお店も幾つかあると思われる。

2015年の記録は19店舗、2016年は32店舗、計51店舗。印象に残るのは、

①草加近辺のつけ麺はレベルが高い

②東北地方のラーメンはなぜあっさり醤油系が多いのか(佐野→喜多方→米沢)

 

01東川口 そめや(上) 02戸塚安行 とんとん船(下)

03足立鹿浜 いっき(上) 04杉戸 瑛(下)

05草加 麵屋時茂(上) 06草加 ナンバーナイン09(下)

07栃木佐野 ラーメンいってつ(上) 08赤羽 金字塔 特選熟成つけそば(下)

09草加 龍が如し(上) 10 赤羽 赤羽京介(下)

11山形米沢 熊文 チャーシューメン(上) 12東川口 天下一品(下)

13草加新田 麵屋川崎商店(上) 14草加松原団地 38 NOODLE KITCHEN(下)

15杉戸 大勝軒しのや(上) 16新潟上越 麵屋あごすけ(下)

17草加松原団地 NOODLE STOCK 鶴おか(上) 18越谷 二代目狼煙~心~(下)

19川口駅前 大門(上) 20川口 らぁめん金萬(下)

21春日部 蝉時雨(上) 22高崎 まるぶし とんや(下)

23本庄 常勝軒 もりそば(塩)(上) 24巣鴨 千石自慢ラーメン(下)

25川口駅前 ラーメン天下屋(上) 26八潮 青木亭(下)

27浦和美園 門ぱち(上) 28 春日部 肉そばけいすけ(下)

29草加 優勝軒(上) 30蒲生 える豚ラーメン(下)

31春日部 ブラウン(上) 32錦糸町 北海道ラーメンひむろ 味噌だれつけめん470g(下)

医学生の高木博史(浅野忠信)は交通事故で一命を取り留めるが、父・隆二(串田和美)や母・慎子(りりィ)の顔さえ分からず、すべての記憶を失っていた。自分が一体誰なのか。居場所のない自分を抱えてさまよい始める博史だったが、なぜか医学書にだけは興味を示し、大学の医学部に入学する。2年生の必須科目である解剖実習が始まり、博史の班に若い女性の遺体が割りあてられた。記憶の空白を埋めるかのように解剖にのめり込んでいく博史は、やがて自分の班に割り当てられた遺体がかつて交際していた涼子(柄本奈美)だと気づく・・・・・

 

<公開>

2004年、日本

 

<監督>

塚本晋也

 

<主な受賞>

2005年ブリュッセル国際映画祭 銀鴉賞
第37回シッチェス・カタロニア国際映画祭 ニュービジョンズ部門最優秀作品賞
第19回高崎映画祭 最優秀作品賞、最優秀主演男優賞(浅野忠信)

 

表題の「VITAL」は生命の、生命の維持に必要な、といった意味で、医療用語の「バイタルサイン」に通じている。都市と肉体をテーマとしていた塚本晋也が、肉体そのものに迫った「六月の蛇」を経て肉体の内部を映し出す衝撃作。 肉体だけではなく、肉体と精神の狭間、死後の世界を映像で表現しようとしている。陰のある主人公を演じる配役は浅野忠信以外思いつかないし、解剖学教授の岸部一徳もハマり役。「医龍」や「ドクターX」といい、医療系とフィットしすぎである。

 

大雑把な流れは記憶喪失の主人公が人体解剖を通して記憶を取り戻していくといったものだが、もともとセリフも少なめということもあり、ストーリーを含めた全体を楽しむというより映像の雰囲気を楽しむタイプの、感性で楽しむ作品だと思う。個人的には映像アートと捉えている。

解剖実習の初日、担当の柏淵教授(岸部一徳)が、「目の前のご遺体の身体の中を見せて頂けるということは、君たち医学を志す者にだけ与えられた特権であります」と言っているとおり、人体解剖は私たち一般人にとっては未知の領域である。塚本監督は作品を作るにあたり2か月に及ぶ大学病院での解剖実習の立会見学を行ったとあり、作品中の解剖実習の描写は目を見張る。解剖実習最終日のシーンは印象的だ。

 

「4ヵ月にわたる解剖実習もいよいよおれで最後です。骨や内臓、全て元の通りに収めましたか?腎臓など、上下左右間違えることが無いようにね」
「手甲は手のところに入れてください」
「足袋と草履は足の位置に入れてください」
「三角の布と傘は頭の部分に入れてください」
「その上から着物を搔巻のように羽織らせてください」
「杖は右手の位置に入れてください。三途の川を渡る旅支度です」
「それでは、花を添えてください」
「では、お棺に蓋をしてください」
「それでは、故柩紙を取りに来てください。1班、○○さん(故人の名前)、2班、□□さん・・・・・」
「それでは、最期の挨拶をしましょう。黙祷」
「お棺を運び出します。先生の指示に従って、番号順に。間違いの無いように」

 

献体への敬意をよく表現している良質なシーンだ。この一連の流れの中で、主人公の博史は一つだけ自分の意志である行動を挟んでいる。

 

また、解剖実習のシーンで主人公を演じる浅野忠信は趣味であるデッサン(数年前個展まで開くほどの実力)を数多く披露しているところも必見だ。

2016MLBワールドシリーズ第7戦。

 

6-3でカブスリードの8回、少し早いが満を持して"Cuban Missile"チャップマン投入。しかしながら連投の疲れからかガイヤーのタイムリー&デイビスの同点2ランを浴びてしまう。

試合は延長戦に突入する最終決戦にふさわしい死闘。延長戦前に雨天中断。この中断時にヘイワードがスピーチで仲間を奮い立たせる。

 "You know what, whatever's happened up to this point in the game, we've got to forget about it. It's over. We're still the best team. We're going to pull this thing out. We're going to win this game."

(いいか、ここまで起こったことは忘れなきゃいけない。終わったことだ。俺たちは最高のチームだ。この後どうなろうと、勝ちに行こうじゃないか。)

 

「あの言葉で全員がリラックスできた。雨で中断がなかったら負けていた」(ベン・ゾブリスト)

同点打を打たれたチャップマンも泣いた。

ヘイワードのレギュラーシーズンの成績は巨額年俸に見合わなかったが、この瞬間でペイできたといってもよい。インディアンスに傾きかけた流れを変えた。

 

10回、シュワーバーが安打、代走アルモラがブライアントのフライでタッチアップの好走塁。リゾ敬遠で回ってきたのはゾブリスト。

勝ち越しタイムリーでゾブリスト咆哮、リゾ頭を抱える。

ラッセル敬遠後のモンテロタイムリーで8-6。

 

裏にエドワーズが1点返されて冷や冷やするがモンゴメリーが締めて歓喜の瞬間。

 

1908年以来108年ぶりのワールドシリーズ制覇。

 

108年。108年と一言で片づけられるが、この間に生まれて一度も優勝を見ることができず世を去ったカブスファンが数多いることを思うと、自分のような俄かウォッチャーは申し訳なくなった。本当のファンではなく、ただどうやって再建するかをモニタリングしていただけなのに。

 

レギュラーシーズン103勝58敗、17.5ゲーム差でNLCぶっちぎりの優勝。

NLDSはジャイアンツ相手に3-1、NLCSはドジャース相手に4-2、WSはインディアンス相手に4-3フルセット。

 

完璧なシーズン。主な布陣は以下の通り。

C:Miguel Montero Age32 G86BA.216HR8RBI33

(Willson Contreras Age24 G76BA.282HR12RBI35)

(David Ross Age39 G67BA.229HR10RBI32)

1B:Anthony Rizzo Age26 G155BA.292HR32RBI109

2B:Ben Zobrist  Age35 G147BA.272HR18RBI76

3B:Kris Bryant  Age24 G155BA.292HR39RBI102

SS:Addison Russell  Age22 G151BA.238HR21RBI95

LF:Jorge Soler  Age24 G86BA.238HR12RBI38

(Matt Szczur  Age26 G107BA.259HR5RBI24)

CF:Dexter Fowler  Age30 G125BA.276HR13RBI48SB13

RF:Jason Heyward  Age26 G142BA.230HR7RBI49SB11

UT:Javier Baez  Age23 G142BA.273HR14RBI59SB12

UT:Tommy La Stella  Age27 G74BA.270HR2RBI11

UT:Chris Coghlan  Age31 G48BA.252HR1RBI16

UT:Albert Almora  Age22 G48BA.277HR3RBI14

UT:Munenori Kawasaki  Age35 G14BA.333HR0RBI1


SP1:Jon Lester  Age32 GS32W19L5IP202.2ERA2.44

SP2:Jake Arrieta  Age30 GS31W18L8IP197.1ERA3.10

SP3:Kyle Hendricks  Age26 GS30W16L8IP190.0ERA2.13

SP4:John Lackey  Age37 GS29W11L8IP188.1ERA3.35  

SP5:Jason Hammel  Age33 GS30W15L10IP166.2ERA3.83

 

RP1:Trevor Cahill  Age33 G50W4L4IP65.2ERA2.74

RP2:Travis Wood  Age29 G77W4L0IP61.0ERA2.95

RP3:Justin Grimm  Age27 G68W2L1IP52.2ERA4.10

RP4:Pedro Strop  Age31 G54W2L2IP47.1ERA2.85

CL:Hector Rondon  Age28 G54W2L3SV18IP51.0ERA3.53

(Aroldis Chapman  Age28 G28W1L1SV16IP26.2ERA1.01)

 

MG:Joe Maddon

 

シーズンを通し5人のローテーションを維持し、20代前半~30代後半まで万遍なく所属するバランスの良い編成、太い柱は存在するがスーパースターのワンマンチームではなく全員で勝ち取れる理想的なチームが出来上がっていた。

 

弱小カブスをモニタリングし始めてたった約3年で最高の結果を見せてくれるとは思いもよらなかった。これにてCubs Reportを終了する。

(四段に昇段した藤井聡太三段。右は同時昇段の大橋貴洸三段)

 

先月9月3日に行われた第59回奨励会三段リーグ戦(2016年度前期)最終節で藤井聡太三段が13勝5敗の1位を記録し、四段昇段を決めたというニュースを目にした。史上最年少昇段らしい。

将棋はルールを知っている程度で詳しくなく、将棋界のシステムもタイトル戦の種類やタイトルホルダーの名前を幾つか知っている程度なので、これを機に将棋関連のページを色々検索して勉強してみた。

 

まず、将棋界では四段からがプロとして認められ、三段と四段では雲泥の差がある。ここで、プロの段位はアマチュアのそれとはまったく別次元である。プロ養成機関「新進棋士奨励会」(以下奨励会)は基本6級でスタートするが、奨励会6級はアマチュア三、四段に相当し、アマチュア大会では県代表レベルに相当する(将棋連盟HPより)。つまり、奨励会に入会できる時点で将棋のエリートであり、奨励会は天才たちの集団である。

 

奨励会での昇段条件は、例えば級位者であれば6連勝、9勝3敗、11勝4敗・・・・という規定の成績を収めれば一つずつ昇って行く。奨励会の例会は月二回行われ、級位者は一日三局、段位者は一日二局行われるため、プロ一歩手前の三段に到達するまでにも長い年月を要する場合が多い。

 

晴れて三段に昇段出来たら「三段リーグ」への参加資格を得る。三段リーグは年2回開催され、各々18局対局し上位二名のみがプロ四段に昇段できる。つまり、年間でプロ棋士になれるのは基本四人のみということになる。「基本」、と書いたのは例外があるためで、例えば三段リーグ時点(3位)を二回取ったものは「フリークラス」の四段に昇段できるし、アマチュアでも参加できるプロ棋戦(例えば竜王戦、銀河戦)で一定の成績を収めた者はより直接的なプロ編入試験を受験することができる(過去の合格者は瀬川晶司五段、今泉健司四段)。フリークラス棋士とは、名人を頂点とする「順位戦」に参加できない棋士のことであり、フリークラス制度は棋士の引退規定にも関わってくる。

 

以前は三段リーグ制度はなく、二段以下と同様に規定の成績(9連勝、13勝4敗)を収めれば四段に昇段できたが、プロ棋戦は主に新聞社との契約金で成り立っており、プロ棋士が増えすぎると一人頭の分配が減少してしまう。この事態を避けるため、プロ棋士の「産児制限」をかけようと生み出された制度が三段リーグだ。以前の制度だと年間何人プロに昇段するか予知できないが、三段リーグ制度下では年間四人に制限できる。さらに、奨励会員も増えすぎないよう厳しい年齢制限があり、満21歳の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を迎える三段リーグ終了までに四段に昇段できなかった者は退会となる(ただし、三段リーグにおいては勝ち越し延長規約あり)。

 

この「鉄の掟」、年齢制限のためにプロへの道を閉ざされた者たちは数多いる。若干10代半ばで三段に昇段しても、そこから10年近く足踏みして退会の憂き目にあった奨励会員もいる。

 

こうして調べてみると、プロ棋士への扉は狭き門という言葉が陳腐になるくらい厳しい。この難関を若干14歳、三段リーグを1期で難なく突破した藤井聡太三段。いわゆる「中学生棋士」である。

 

過去の中学生棋士には以下のメンバーがいる。

加藤一二三九段:名人1期他タイトル8期

谷川浩司九段:名人5期(十七世名人)他タイトル27期

羽生善治三冠:名人9期(十九世名人)他タイトル97期、95年度全冠制覇

渡辺明竜王:竜王10期(永世竜王)他タイトル17期

 

この錚々たるメンバーに藤井聡太四段が加わるのだが、過去の中学生棋士は全員、名人または竜王という棋界最高峰のタイトルを獲得していることから、藤井聡太四段にかかる期待も非常に大きなものとなっている。どれほどのタイトルを獲得するのかと。

 

前述したように奨励会は茨の道だが、プロ入りした後も弱肉強食の生存競争が待っている。勝てなければ食っていけない非日常の勝負の世界だからこそ見ているほうは魅力を感じるのだが、その中に飛び込んだ藤井聡太少年はどんな棋士人生を歩んでいくのだろうか。「中学生棋士」の系譜からして成功が約束されているのか、それとも。