「いつまでもひねくられちゃこっちも迷惑なんでな、悪ぃけど俺ァお前に賭けてんだ」


賭けてる…?



「…あいつの犬嫌い、理由知りたくねェか?」



!!








犬を嫌う…理由…






それは俺にとって、あいつのサポートをするべく一番欲していたもの。

まさかこいつ、それを知ってるってゆーのか!?









だが、ここで聞いてしまっては…卑怯なんじゃねぇのか…







だけど、知りたい。







「理由のひとつくらい知っとかねーと埒があかねーからなァ、今のままじゃお前さんが不利だし、教えてやる」






ああ、教えてくれ…


なんであいつあんなに嫌うんだ?








何でいつも…悲しそうなんだ…?









「あいつの目はな、犬のせいで潰されたんだ」







…何か背景間違ってないか?




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





俺は一人、アスファルトの上を歩いていた。




「(あいつが、そんな目にあっていたとは…)」







つい1時間くらい前、俺は高杉から銀髪の犬嫌いの理由を聞いた。










『子供のころに、あいつの妹が近所でも有名な狂犬に怯えて動けなかったところを助けた…まではよかったんだが、
その狂犬が銀時に飛びかかって噛み付こうとしたんだ。


反撃はしたらしいんだが、どうにも犬の爪が銀時の目を引っかいたみたいで、すぐに病院に運ばれたものの…

眼球をぐちゃぐちゃに引き裂かれたらしく、回復は絶望的だったそーだ。





それからあいつはずっと暗闇の世界を過ごしてきた。
妹の方も、以前から犬は苦手だったそーなんだが、もっとダメになったって言うし…


まぁ、そんなとこだな』




「犬はみんな同じだって言ってるぜ」と、最後に高杉は言った。






銀髪…俺は、俺らは、そんな犬とは…違う。








前方に想像した、いつもしかめっ面をしたお前を睨みつけて、俺はやつの元へと向かった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




俺はある喫茶店の前へと着いた。
店の扉を見ると『盲導犬同伴OK』というステッカーが貼られていた。






中に入ると、あの銀髪を見つけた。


周りと対照的な色をしていたからすぐにわかった。
あいつはとても幸せそうな顔でパフェを食べている、目が見えないのによく食えるな。




俺は静かにパフェをお楽しみ中のあいつに近寄って足元に座った、精一杯上を向いてあいつを観察してみた。





「ん~しあわせ…vv」





呆れた






ほっぺにクリームつけてみっともねぇ

つか男がパフェかよ、…こいつ、甘いものが好きなんだろうか…

うげ、甘いパフェに更に甘くさそうな練乳かけて…キモチ悪。







俺は床に座りなおして、食べ終わるのをまった。






…本来ならば、俺はここに座って仕事をしてるんだ…










まだ勝負はついてねーけど、










少しくらい、いいよな?







そう心で呟くと、俺は目を閉じた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


あの後、銀髪が俺に躓いてこけてしまい、散々な目にあった。



帰り道、流石にあいつの機嫌は悪く、俺が補助しようとすると手の甲で払った。
そしてまた奴は赤色のままの信号を渡ろうとしていた…



「(くそ…あいつめ…!!)」



力ずくで手を捕らえ、嫌がる銀髪の顔を両手で拘束した。



「ワン!(死ぬ気かお前は!)」



気がついたら至近距離でやつの顔があった。

表情が強張っていたが顔が更に硬くなり、怖くなっていった。





「お前はいいよな」





唐突にそう言われた、だが、何のことかはすぐに理解ができた。








「俺の目を奪って、何でお前は光が見えてんだ」





そう言われて、俺は何も言えなかったし、俺の手をを解いて一人歩き出した銀髪を止めることもできなかった…。







…カラスが家へ帰りだした頃、野宿なんてできるはずもなく、あいつの匂いを辿り家へと向かった。

背筋が伸びきるほど背伸びをして、なんとか呼び鈴を押した、すると出てきたのは…


「はい、どちらさm……え、…い、犬…?」


人間の女だった。



「(え…な、なんで女?!ここはあいつの家で、それで…えーと……わけわからなくなってきた…)」



俺は女を見つめ、女は何故か怯えながら俺を見つめ、銀髪が家の中から声をかけるまで俺らは石みたいにずっと動けないでいた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「は、初めまして…妹の皐です…!」


震える声で自己紹介したのは、この銀髪の妹…皐というらしい。
これが高杉の話に出てきた妹、か…。


「お兄ちゃん、この子がトシさん?」

「そーだけど…よし皐、こいつ川に捨てて来い」

「ちょ…何言ってるのお兄ちゃん!!!折角桂さんが連れてきてくれたのに…!」



一生懸命銀髪を説得するがいじっぱりなガキみたいに妹の話を聞かない銀髪…




暫く続いた会話も、銀髪の「腹減った」の一言でその話しは無理やり終わった。
妹でもこいつは中々手強いらしい。

頬を膨らませて銀髪を見、くるりと振り返り俺を見た。
その顔はまだ怖がっている。


「これから、兄のことよろしくお願いしますね。トシさん」


俺のことが、というか犬が怖いのか、頭を撫でようとする手は震えて、動こうとすると咄嗟に手を引っ込めてしまった。


「(怖がるくらいなら触らなきゃいーのに…)」


もう一度伸ばしてきた手を見て、ペロッとその手の甲を舐めてやった。


「ひゃっ」


ビクついて硬直し、固まっていた妹の目を見て…




「ワンッ(噛みゃしねーよ)」





目をパチクリさせ、俺を見つめる妹の皐。
それから安全だと分かったのかどーかは知らないが、妹は俺の頭をゆっくり撫でた。



「…ありがとうございます、トシさん」






今度は、笑ってた。






「お兄ちゃん!今日の晩御飯何がいいですか?」

「あ?あー…じゃあ、パフェ」

「それは晩御飯じゃないです!」




ニコニコとしだした妹の声の調子を聞いて、いつものしかめっ面はなく、奴の顔は優しく微笑んでいた。





「(へーぇ…あいつ、あんな顔もすんだ)」







とりあえず、俺はここにいていいらしい。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




チュンチュン…



朝、餌を探して飛び回る雀の声で目が覚めた。



…ここはどこだ…?周りを見渡してみるも、知らない所で…って、



「(そーだった)」



ここはあの銀髪が住んでいる家の一室。

あいつの妹が用意しててくれた部屋。




軽い背伸びをして部屋を出ると、キッチンには妹がいた。


「あ、おはようございますトシさん」

「ワンワン(はよっす)」


もう俺の事が怖くなくなったのか、近づいても怯えることはなかった。
…おお、サンドイッチ作ってんのか、うまそう。


「トシさん、悪いんですけどお兄ちゃん起こしてきてくれませんか?もうすぐ朝ごはんできるので…」

「…ガウ(…めんどくせーけど、…わかった)」


ゆっくりした足取りであいつの匂いを辿り、『GINTOKI』と書かれた部屋を開けた。


「オンッ(おーい、起きろー…って、まだ寝てるし)」


部屋の中は暗く、ベットにある布団はこんもりと盛り上がっていた。


「(たく…しょーがねーな)」


俺は奴を起こそうとベッドにあがった。


「(寝てんのか起きてんのかわっかんね)」


随時目を閉じてるため、起きてても寝てても同じ顔をしている…。こええ

そろそろ起こそうと奴の体を跨いでいる俺は、声をかけようとした。



すると突然---


「う…、うぁ…ぐっ…ぁああ!!!」

「!?」


銀髪がうなされ、苦しそうにもがいて泣き始めた。


「ワン!!!(銀髪!おいっどーした!?)」


悪夢でも見ているのか、汗はビッショリで、呼吸が出来ないらしく酸欠で顔が赤くなっていた。


「(くそ…落ち着け…落ち着けって…!)」


俺は身を乗り出し、奴の顔を舐めた。
一瞬ビクッとなったが、それでも落ち着かせようと一心不乱に舐め続けた。
俺には、それしか出来なかったから。




数分後…大きな息を吐くと友に、銀髪は落ち着きだした。


「(ハァ…ハァ…落ち着い…たか?)」


髪を撫でるとスゥと寝息を立てた。



「(…疲れた…)」



ドサッ



ベッドに力なく倒れ、目を閉じた。

すると、手に暖かいぬくもりを感じた。


「(…銀髪の…手?)」


辿ってみると、無意識なのか、俺の手を握っている銀髪がいた。


「(…やべ、寝そう)」



心地よいぬくもりと軽い疲労感に逆らえず、眠りに落ちた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


…夢を見ていた。



俺がミツバの元から離れて、近藤さんのいるセンターに行く、あの日。




犬ながら、あの美しさに見惚れていた、俺は…



俺は…人を…









「ふああ…」


いつもと変わらぬ暗闇とともに目を覚ました。
腹具合からみて、朝なんだろうな、きっと。


「ん?」


手に何か握ってる?…な、なんか気持ちいいんだけど、何コレ。

手にあるものを引き寄せて匂いを嗅いでみた。



…っ!これ、あの犬の匂いじゃ…
なんでこんなところに…!



…なんで俺がこいつの前足握ってんだ?



犬の前足は少し冷たかった。

俺が手を放すと、血が循環し始めたのかぬくもりを取り戻してきた。

あー、俺が強く握ってたのか。



…もしかして、あの夢で出てきた小さい手って…こいつの足か?


…悪ぃことしたかな、…いや、こいつが俺のベッドにはいってきてんだ、俺は悪くねぇ




でも…血が止まるほど握ってて噛み付いたり…吠えることすらしなかったのか?


よりによってあの悪夢を見てるときだぞ。


何だ何だ、もしかして俺のこと心配したのか?

心なしか顔がすっげーべちゃべちゃするし…キモチワルッ



だけど…ま、


「やるじゃねーの」



ガチャ


「お兄ちゃん、起きてる?」

「皐?」

「あ、起きてたんだ。トシさんに起こしに行ってもらったんだけどなかなかこないから…
あれ、トシさん寝ちゃってる」

「何か俺のこと心配してたみてー、あの夢見てたからうなされてたんだろーな」

「…お、お兄ちゃん、またあの夢見たの!?だだ、大丈夫だった!?」

「大丈夫だって」

「だって、あの時もうなされて病院まで行ったじゃ…ぅ、ひっく…」

「平気だっつーの、ったく、皐は泣き虫だな。大丈夫だから、な?」



多分皐は涙目で頷いてると思う

うん、俺は大丈夫だ…まだ、越えたわけじゃねーけど。

お前のことも、まだ認めてねーからな

だが、ちょっと見直した…かもしんね。




まったく、変な犬だぜ。こいつぁ




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



目を開けると先刻と変わらず暗かった。


…ん、俺…は…


そうだ、確かあの銀髪を起こすためにここへきて、やつがうなされてて…それで…


「(…疲れて、寝たんだっけ…?)」


さっきの出来事で二度寝してしまったためが体がだるい。

…当の本人は起きたみたいだが…


今は何時なんだろうか?


「(そーいやここには、…時計がないな)」


部屋を見渡しても時計らしきものはなかった。
ベッドから起き上がり、リビングの方へと歩いていく。

見事なまでのバリアフリーだな、一つも段差がない。
ここを貸してやったあいつの友達はあいつのこと大切に思ってるんだなと思った。




目的のところにたどり着けば、そこに銀髪はいた。
テレビをつけているが、まぁ聞いているんだろうな。

奴の横を通り過ぎようとしたら気配に気づいたのか銀髪はこう言った。


「おう、今頃起きたのかよ犬っころ。もう昼過ぎてるぜ
ったく、新人だからつって寝坊はだめなんじゃねぇの?」


すごく嫌味っぽい言い方で言った。



「(誰のせいだと思ってんだよ…!)」


吠えてやろうかとしたが、からからうことしか言ってこないだろうから無視した。

そのまま通り過ぎたことが不思議なのかどうかはわからないが奴は首をかしげた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



妹が用意してくれたと思われる昼飯を食べて、くだらない内容のテレビを見ていたとき
ふいに銀髪が立ち上がり玄関のほうへと歩いていった。


おいおい、どこ行く気だよ


「ワン」

「あ?んだよ、ついてくんじゃねーぞ犬」

「ワン!(てめーの言うことなんか聞くかボケ天パ)」

「んだと?これでもくらいやがれ!」

「!!?」


奴は思いっきり何かを振り下ろしてきた。
隙をつかれたものの、間一髪でそれをかわし、手にあるものを見てみた。



「(ぼ、木刀…?)」


「犬の分際で人間様に悪口たたいてんじゃねーぞ、次はマジで頭カチ割ってやるからな」




…今のが本気じゃない、だと?

じゃあなんでフローリング板がこんなに折れて陥没してんだ…殺す気満々じゃねーか。



っておい、ちょっと待て



「ワンワン!(お前、杖は?まさか…)」

「なんだよ、木刀に噛み付くな!別に杖じゃなくても木刀使って平気だったんだよ!」

「ガウ(いやいや、よくねぇって!!なんだっけ、人間の法律の銃刀法違反で捕まるぞ!)」





木刀が杖の代わりなんかになるかよ…!
たく、こいつは今までどうやって生きてきたんだ。





ホント…全然わかんねぇ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



強引ながらも俺は奴に着いて行った。


歩いていると、街中にでた。
車や自転車、勿論人の波も多かった。

ズンズンと人波の中を進んでいく銀髪…
スムーズに進めているのは奴の足元にある点字ブロックがあるからだ。
盲導犬や杖は使わねーのに点字ブロックは使うのか。


「(一応横にはついていてやるが…何たってこんなところを歩くんだ?
散歩にしてももっといい所があるのに…)」


それでも敢えて人ごみの中を歩くということに、こいつの意地みたいなのを感じる。


「(犬が嫌い、にしては…ちょっと違和感を感じるんだよな)」


そんなことを考えていると前方に自転車の大群が見えた。
中にはブロックの上にまで出ているやつもある、このままじゃ…ぶつかるよな。

杖…じゃなくて、木刀で当ててもわかんねーだろーし。

そう思い、俺は銀髪の腕を引いた。


「ワン(おい、危ねーぞ)」


だが銀髪は、俺の方すらも見ず、力任せに俺の手を振りほどいて歩いた。


…シカトかよ、いーじゃねーか、上等だ。

そっちがそうくんならこっちだって…。


ムカツキで顔が引きつるのが分かる。
少し触られただけで切れそうな堪忍袋の緒が切れる前に、俺は銀髪より数十歩先を歩いた。



もともと、犬嫌いの奴に盲導犬を使わせようなんざ、無理な話だったんだ。







ガシャーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!



「!?」



それは突然、後ろの方から聞こえた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



振り向くと、そこに自転車と一緒に倒れている銀髪がいた。
通行人も振り返って銀髪のことを見ている。

中にはこいつに手を差し伸べようとした奴がいた…、だが…


パシッ


「いい、気にしなくていーから」


助けようとした通行人は「何だよ、こいつ」と言って立ち去った。
一部始終を見ていた周りの人間もまた足を動かし、仕舞いには誰も見向きもしなくなった。

その中で、こいつは杖代わりの木刀を探していた。


「(…人間すら拒絶して、どういうつもりなんだ…?)」


俺は、道に落ちていた木刀を拾って銀髪に歩み寄った。
こいつの手に木刀を触らせてやると、それを手に掴み立ち上がろうとする。


「痛ッ…!」


ガクンッ、とバランスを崩し、足に手を置いた。
怪我…したのか?

もともと周りの障害物やらなんやらを見つけて回避するためなんかにある杖…。


「(こいつをここに放置していくわけにも行かねーし)」


俺はこいつに背を向け、両手にとって首に回した。


「ワン(おぶる、だからおぶされ、ダメ天パ)」

「あ゙ん?てめーに力借りる気なんかさらさらねーんだよ。
第一、犬が人おんぶできるわけねーだろ!嘗めてんのかコノヤロー!」


ペロッ


「!!…舐めんなクソ犬が!」

「バフッ(お前が売った喧嘩だろ)」


奴がひるんだ隙に、思いっきり引っ張って立ち上がった。


「だーーー!おーろーせーーー!!!」


ジタバタと暴れる銀髪…ったく、ガキかよ。


「ワフ(怪我人なんだから、少しは誰か頼れよな)」

「…!」



そう言ったら急に大人しくなった。

不思議に思いながらも、好都合だと思い歩き出した。
そしたら耳元で小さな声がして---…





「ありがとよ…」



ちょっと不貞腐れた声で言った言葉が、少しくすぐったかった。





続く