鹿児島県鹿屋市にある「金浜海岸 進駐軍上陸地の碑」を慰霊致しました | ザ・ブルーズ・ナイト♪~イソノミヤを求めて~

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”イソノミヤ”とは?ギリシャ・イオニア地方のかつての自由で平等な気風の無支配都市であり、伊勢神宮内宮(磯宮)の古い呼び名のことです。

 

鹿児島中央駅より
直行バスで

 

 

鹿屋体育大前まで
1時間50分。



鹿屋体育大前から
徒歩で1時間半の距離です。



<碑 文>

表面上:

進駐軍上陸地の碑



表面下:

この浜の波の音よ風の声よ
      語り伝えよ 敗戦の日を

 

裏面上:建 立 趣 旨



 此所(ここ)は、
昭和二十年(一九四五)九月四日、

太平洋戦争終結(八月十五日)
間もない時に、

日本本土で最初に、
進駐軍アメリカ海兵隊主力
二五○○人が、

この「金浜海岸」に上陸、
世界が注目した地です。


 
 その時 我が古里に
在りし者、 出し者、

すべての「高須町民」が味わった
万感胸に迫る悲痛な思いは

他に比べることのできない
世紀の一大痛恨時で ありました。



 私どもは このことを
末長く後世に伝える為に 、

ここに決意を新たに
「反戦平和」の願いを込めて

この碑を
建立するものであります。



平成十三年(二○○一)三月
  金浜「進駐軍上陸地の碑」建立期生会
  高須町内会

 

 

裏面下:敗戦の歴史を刻むこの碑に
    「不戦・平和」の世を祈ります。

 

「二〇〇二年三月
蝶の舞う花園と化す上陸地反戦平和叫ぶ碑
磯アマメ水漬くみ雲に傳えてよ軍靴の閉ちこめてあり」

                  ボランティア

 

「腰の下 軍靴に怯ゆ町民の
    声を再び 君は起こすな」

 

「腰の下嘆き悲しむ町民の  
    声を忘るな 君きみたちは」



「閉ぢこめし軍靴の響き金浜の
    波を叩くな風よ開けるな」
      


石椅子文:「人なみよ生きるも死ぬも進駐の

             米軍あがる この金浜に」       

 

2500人の

進駐軍の上陸を体験した
当時の皆さまの心中を慮り、



謹んで祓い、鎮魂を
行なわせて頂きました。