コロナの事は何度も記事にして自分の考えを記しています

世の中でも「極度に怖がらずに正しく知る事」なんて言われていますが

何を基準に考えているんでしょうね

「視点」のお話をした時にも書いていますが、人それぞれの視点により引き寄せるし、選択するし、判断、決断しますから

病気や痛み編の時と同じで目の前に向かって「やって来たウイルス」としてしか考えていないと自分の中に恐怖心だの心配性だのという資質を持っている人にはその対象にしか考えられないでしょうね

避けるのか、防ぐのか…、それより受け止めるという事です

そもそもウイルスと細菌は違うという事もだし

みんな人間それぞれの資質も違えば考え方も違う

生活習慣も違う、食のし好も違えば体格も違う

全てが違うのに対処対応が同じで良いのか

身体に取り込んでから自分の細胞と融合されるとなると意識が変異し変異株となるのも当たり前かと思うのは私だけか

風邪ひく時でもストレスと言われる事でもですが

人それぞれ症状も違うし、肉体の負荷が掛かるところも違うし、弱点も違う

寒い冬だからだけではない…その日前後の自分の生活を振り返ってみるでしょう

忙し過ぎた、考え過ぎた、疲れすぎた

頭で考え過ぎると、ましてや答えの出ない悩みだと頭も疲労しフリーズもするし、熱もでる、オーバーヒートとなるでしょう

ストレスにしても(うちのオットは私がストレスじゃないの?疲れてるんじゃないのと言えば、全部ストレスって言うな!と言いますが、当たり前です)

分かった上で、自分のストレスの要因を少し休んで考えればという思いで声を掛けますが (^_^;)

ストレスは個人よって理由や原因も違うし、度合いも違います

それにそのストレスが身体のどの部分に負担をかけているか、働かせすぎているかも違います

どこかの比重に歪みがかかっているのがストレスです

知っているのは自分だけです、

自分も気づかないから倒れれば医者は全て過労やストレスですというのでしょう

そもそも…は、自分の身体です、自分が一番知っている、自分が過労やストレスの原因を知っていながら気づいていながら認めたくないだけです

ストレスの奥にはもっと隠れた心理が在るのです

それを暴かれるのが嫌なんです、自分のその心理と向き合わないといけないから、避けているんです

本来はそれを解く事が真理に繋がるのです

コロナでも全体を観ると、この世を騒がせている一つのウイルスかも知れないけど

一人一人に取り込んで行くと違うものになるので症状も違うのです

高血圧症にしても最近では軽いお薬から数種類あるみたいで、数値により、これぐらいなら飲んでても大丈夫なんで飲んでおきましょうと医師に言われるみたいです

医師はお薬さえ出せば良いお得意様になってもらえますし、お金も定額に入りますから、良いサービス業でしょう

血圧も一日の生活の時間により数値も変化します

ストレスを与えたり、負荷が掛かると高くなったりします

心という体の心臓部分が不規則に振動してしまい血流を押しだしたりするのも不規則になるからでしょう(恋してドキドキするのだってそうですが、その時の脳が出すホルモンが良いので大丈夫なんです)

その医師はその患者さんの生活サイクルをどれぐらい知っているんでしょう

その患者さんの心の動揺、身体の負荷をどれだけ観てくれているんでしょう

それなのに大体でこれぐらいなら良いでしょうって、どうなんでしょう

私は体温も35度ぐらいで低体温だけど、健康で風邪も引きません

それに低血圧60・90だけど、目覚めも良いし、元気です

よく眠れるし、朝陽と共に目が覚めます

低体温で無排卵月経だったけど、3人子供も産みました

これらのそれぞれの時にもこんな事にも向き合ったり考えたり検証したリしました

子供の診察の時に子供も体温が低かったので、私も体温が35度だとお医者さんに言ったら、そんな体温在るか!そんなんだったら死んでるわ!って言われました

でも健康に生きてるしなって思いました (^_^;)

自分の身体がおかしいのか、駄目なのか、地球に存在できない肉体なのか?なんていろいろ考えました

そもそもは不思議で神秘でしかない肉体です

きっと奥深いメッセージがあるんだと思いました

後にどんどん自分なりに解明していきました

風邪やアレルギーで咳や鼻水や熱の症状が出るのは、身体も中の必要でないものを組織が見極め排除する症状です

それか自分が受け付けないまま排除しようとする行為です

後遺症であっても、そもそもその症状を持っていたのを排除しながらも後にメッセージとして認識してもらおうとする神様からのメッセージです

後遺症自体に気づきが在るからです

そこからの「そもそも」と向き合うミッションです

パンデミックとなってしまったのは、この地球上に平等に気づきが与えられたというだけです

災害とかだと、その被災地にしか意識が行きませんし、自分に置き換えて考えるという事をしないからです

被災地が哀れだとか悲しいばかりではない、ある意味被災地の方はエネルギーの大きい受け止めれる強い意識の地の方達です

もっとそもそもという事を考えないといけないからです

コロナもそもそもは「平等や公平」という事をあらゆる立場や角度で考えないといけないミッションだと思います

本来人間はみんな平等に命を与えられ、平等に宇宙からのエネルギーも与えられているからだと思っています (^.^)

その上で違うと感じるなら自分が考えるというミッションです

自分の目の前や周りには空気が遍満に在って呼吸が出来るように、太陽の光も月の光も宇宙エネルギーも遍満にあるんですよね

エネルギーも意識です

そもそも空気(エネルギー)が遍満に在るというのに、息が吸えないのは何故なのか…

息が吐き出せないのは何故なのか…

エネルギー循環が出来ない謎は…

病気だからなんですか?

命一杯にパンパンになったから息が入る隙間も無いからか…

吐き出せていない事が在るからか…

常々呼吸の出入りに意識した事が在るのか?

循環できない事も我慢が必要なのか、耐え忍ぶ事が必要なのか、それも自分の我で傲慢なのではないか…

「そもそも…」には心理が隠されています、そして解明すると真理に繋がります (^.^)

そもそも今の政府の「ワクチン頼み」のやり方は平等なのか?

ワクチンパスポートなんて大人の世界で使うものとしか考えてないけど、子供世界でも差別は無いといえるのか?

普段の生活の事も考えて、薬にも頼らず健康を意識している人間がリスクを課してまでワクチンを打たないといけないのか

打つも打たないも自由ですよと言っておきながらワクチンパスポートとはなんでかな

それなら治療薬に全力を尽くし、お金もかけて、藁をもつかもうとしている人に治験してもらう方が良いのではないかと思うんだけど

私は何でも反対派ではないけど、何かそもそもの矛盾が嫌なだけ…です

自分の中のそもそもの矛盾が解消されない限り進めないタイプ

どこか喉が詰まったりする感覚の様にスッキリしないですよね (^.^)