母親と会う気はない。
何度か修復を試みた過去があるが、全く改善されず、さらに罵倒されて傷つき、絶望感を抱えて帰ることを繰り返した。
10数年前には、叔母二人の前で母親に対峙し、今までの恨み辛み、やられたことを泣き喚きながらぶちまけた事もあったが、最後までのらくらとごまかし、きちんと非を認めて謝ることはなかった。だがやってよかった。初めて言いたい事を最後までぶつける事が出来た。叔母達がいなければ、間違いなく話のすり替え、激昂、罵倒で全否定して終わっていただろう。

「そんなことないわよ。そんなこと言ったかな?
それは、あたしもちょっとやったけど、、。
悪かったと思ってるわよ。」

これが精一杯だった。
結局一度もまともに自分のやったこと、子どもの言っていることに向き合うことはなかった。
都合の悪いことは、一切受け止められないからこそ、人格障害になったのだから、特に不思議でもない。

母親はこの時の出来事を、まるで自分が悲劇のヒロインかのように手紙に書き、末期癌で死を覚悟し始めている父親の会社宛に送っていた。
しかも、目的は生活費の無心だった。
受け取った手紙を父親から見せられた時は、心底心が冷え冷えとし、凍りついていく気がした。