生きた証などいらない

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昔の人は悪い事をすると「お天道様が見てるぞ」なんて言って自戒していましたが、これを現代風に言うと「あなたの行いは全てアカシックレコードに記録されていますよ」という話なんです 笑。クリシュナムルティも言っていましたが、宇宙には巨大な記憶の貯蔵庫のようなものがあって、そこには人類の全ての行いが記録されている

 

要するに宇宙はいつも見ている。良いことも悪いことも。だから、誰かに何かを証明する必要もないし自分が生きた証を残す必要もなければ、社会に爪痕を残す必要もない。たとえ、ゴッホのように誰にも理解されず無名のまま死んだとしても、宇宙は全てを知っているから

 

例えば、ぼくの場合で言うなら昔ミュージシャンだったことを証明するためにわざわざ人前で披露したいとも思わないし、動画を撮ってyou tubeにアップしようとも思わない。自己顕示欲にかられて無駄な時間とお金を費やすなんて馬鹿げているし、それに証明なんてしなくても当時の数千人のリスナーには届いているはずだから。たとえ、皆に忘れられたとしても宇宙はちゃんと自分がやってきたことを覚えていてくれる。まあ、いつか良い機材が手に入ったらやるかもしれないけど

 

だから、孤独というのは本当はあり得ない。「寂しい」という感情はすごく不自然なんです。寂しいのはお天道様を見ていないから。自分の存在なんてものは既に証明されているのに、誰かに認められたいという承認欲求があるから真実が見えなくなる

 

『晴れてよし 曇りてもよし 富士の山 もとの姿は変わらざりけり』

 

山岡鉄舟の句がそれを伝えているのではないでしょうか。人生は最初から最後まで自分と宇宙、一対一の物語。誰にも理解されなくても必要とされなくても認められなかったとしても、自分らしく生きることを宇宙は望んでいる。人に笑われてもいい、お天道様に恥じない生き方を。