プロジェクト対象となっている県庁職員への研修に始まり、

コミュニティの主体的活動に対するサポートで出張を続けているうちにこの半年が過ぎた。

先週まで、5県10村をまわり、コミュニティが主体となった開発計画を策定する過程をモニタリングしてきた。

1ヶ月で約3000kmをランクルで走破したことになる。

対象村により、コミュニティのニーズは異なり、水・衛生分野を第一希望活動とする村もあれば、行政改善を求める村も。

地方行政からの支援に頼らず、コミュニティで出来ることを住民で議論しあい、それを実行していく。

知らないはずの昔の日本を覗き見ている感覚が身体を走る。

勿論、課題は多い。

地理的、資金的、人的能力的にも、この広大なタンザニアの隅々にまで県行政サービスをスムーズに行き届かせるのは至難の技。

コミュニティの潜在的な可能性に対する希望を抱くと同時に、慣習に基づくコミュニティの発展に対する意識の固定化によって生じてくる弊害も散見された。

ここをいかに解決していくかが、これまでもそうであったとは思うが、今後の継続的な課題だと確信した1ヶ月だった。





$Eyes in Tanzania & South Sudan & Beyond...

(村の小学校に集まり開発計画を議論していく村民)


$Eyes in Tanzania & South Sudan & Beyond...

(行政、水・衛生、道路、農業、土地、商業とセクターごとに村のニーズ、問題点/解決策を書き出して行く)


褐色の大地から緩やかにのびる小高い丘

その先に広大な土地を有するドドマ大学

丘をMBで上ること45分

上りきったところで後ろを振り向くと

そこには2年半前まで存在していなかった光景が広がっている。


$Eyes in Tanzania & South Sudan & Beyond...


以前は一面緑色で占められていたが、現在では、トタン屋根が太陽に反射し

銀色の大地が煌びやかに揺れている。


首都であることを時々忘れてしまう程、時がゆっくりと流れていくドドマではあるが

この光景を目にすると、実質上の首都に少しづつ近づいていることを実感する。

あと5年、いや、10年すれば、首都だと皆が認める街並みが広がっていることだろう。

いやいや、15年後かな。


毎年、この丘、そしてこの地点から写真を撮ろうと心に決めた瞬間だった。



Baadaye


真っ赤な大地と果てしなく続く空

マサイ族の伝統的なガウン

原色のカラーリングに、日々目を奪われていた2008年秋。

あれから4年半。

再び、この地に降り立ち、長期プロジェクトに関わることになるとは想像していなかった。


2013年4月末

ケニアから帰国して3ヶ月半、回復させた身体を待っていたのは、

タンザニアへの切符。


しかも、ドドマ勤務、そして前回勤務していたCDAの目の前に立つ地方自治庁での勤務となる。

知り合いだらけの環境に戻れることは、非常に心強い。

赴任して1週間。

今回は長期専門家であるため、スケジュールは非常にハード。

すでに出張が一回終わり、来週からは2週間の弾丸出張。

こんな感じで1年半が一瞬で過ぎるような予感がする。

この先一ヶ月でドドマに滞在している日数は合計7日間もないだろう。

家探しは、当分落ち着いて出来そうにないが、今のホテルも悪くない。


マウンテンバイクも購入し、自転車通勤が始まっている。

来月あたりには、このMBで昔通った村へ挨拶にいこう。

皆、覚えてくれているかな?



とりあえず、角のレストランで、2年半前までくつろいでいたように、ピラウ・ニャマを頼んでみた。


これから1年半のプロジェクト従事となる。

慣れ親しんだ、ここドドマにて、最高の時を仕事とプライベートの両方で過ごせるよう、

気を引き締めて明日に挑もう。

そしてこれを、プライベートでは、最高の形で写真に繋げることが、今回、ここドドマに戻って来ている上で非常に重要になってくる。次のステップへ滑らかに繋がるように・・・


自分のため、そして家族のために・・・


Baadaye









ケニア・ダダーブ難民キャンプからの帰国

次に進むまでの間、少し心身共にリフレッシュすることに


これまで地元で開いたことがない写真展も開催し

作品づくりのために山口県にまた通い


少し暖かくなってきたころには、また動きだそうかな。



久しぶりの日本の冬

加えて久しぶりの雪

寒いのは苦手だが、雪を感じるのは妙に心地良い


Baadaye