ちゃんとセンチメンタル

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昨日は、過去について、もうセンチメンタルになれない。
 
望郷の念も、隔世の感も、あまり感じず、「無」の境地だ、などと綴ったけど、心、失ったワケではないらしい。
 
昨晩、ウチの部署の今のメンバーで仕事をする最終日だった。
 
あくまで仕事上のつき合いではあるし、プライベートで仲良くなるような関係ではないのだけれど、約2年、苦楽を共にしてきた仲間だ。
 
僕が一番年長なので、仕切るような立場ではあったけど、若い子たちも含めて全員で話し合いながら、目標共有を維持して、ここまで来れたと思う。
 
これまで、20年近く、いくつかのプロジェクトチームで働いてきたが、今回のチームは、歴代最高だったなと。
 
僕的には。
 
目標共有は果たせても、そこに向かう術としての足並みが揃わないことが常である。
 
けれども、一人として、そういうことがなかった。
 
それは人間関係が複雑な社会において異常と言っても良い。
 
だからこそ、我が部署史上、数々の感動を伴う、最高の結果が残せたと思う。
 
僕は、この2年、ずっと幸せであった。
 
勤務が終わる18時半、夕闇迫る中、業務が終了していく様子を僕はぼんやり見ていたのだけれど、「ああ、このメンバーで仕事をするのも最後なんだな」と思うと、泣けて泣けて仕方なかった。
 
結局、人だなって。
 
人を幸せにするのも人。
 
人を不快にするのも人。
 
感動させるのも人。
 
そして、そんな素敵な人が集まって仲間になって、何かをする。
 
そして、それは、実に一瞬で、アッと言う間に過ぎ去っていくモノ。
 
彗星のよう。
 
最近、スケートの小平奈緒が、コメントして注目されたガンジーの言葉。
 
Live as if you were to die tomorrow.
 
Learn as if you were to live forever.
 
〝明日死ぬかのように生きろ
 
永遠に生きるかのように学べ〟
 
僕は、〝明日死ぬかのように生きろ〟について、そんなに実感が無かったのだけど、昨日、初めて、体感した気がした。
 
モチロン、ガンジーの言っていた意味とは違うだろうけど、仲間達の姿を見ながら、今、この瞬間の尊さを、ちゃんと僕は感じられているな、そして感謝できているなって。
 
明日、死んでもいいくらい、今を生きれているなって。
 
そんな心持ちになれている。
 
これ以上の幸せはないと思うのである。