西郷さんは、日本史上最も徳の深い人間だったと言われています。

明治維新のあと、西南戦争が起こりました。東京の明治新政府に対して、薩摩の不平士族が決起したのです。
近代装備の政府軍にかなわないことは、西郷さんは分かっていました。しかし西郷さんは,彼らの不満を飲み込んだうえで「よか,おいどんの命,おはんらにあげもうそう」と言って,一緒に戦い、そして散ったのです。それしか解決策がなかったため...

ある人は
『西郷というのは不思議な人格で、一日接すれば一日の愛が生じ、二日接すれば二日の愛が生ずる。最後は共に死ぬまで一緒に居たくなる』
と言っています。

『為政者は民衆を愛し守る父母になるべし』

西郷さんはいつまでも人を愛する政治家でした。今でも鹿児島県の南洲墓地では、西郷さんが、仲間と共に、鹿児島市を見守っています。
(『いどばた稲毛』2010年11月号掲載)


千葉から、日本維新! 日本維新の会・田沼たかしの挑戦-南洲墓地(写真の出典:Wikipedia)