●今日はいくつか陳情対応のあと、いつも出ている、地域勉強会に参加。



「ボランティアを30年以上やったが、この活動は根付かないし、反響もない。

(自分はやってこられたが)多くの人は、やる気を失ってしまった」



この言葉は、、、ぐさっと来ました。

これまでやってきた人が言うのだから、説得力が違います。



「いま役所は、知恵もない金もないので、地域ボランティアを活用しようとしているが、それは単なる利用。」

「やはり地域への愛情愛着がないと、地域のために働くという心が生まれない。

愛校心、愛郷心、愛国心を育てる必要がある。

そのために、地域の歴史を、多くの人に知ってもらうことが大切と思っている。

今度地域史に詳しい人を講師で呼ぶ」

「中国にこれまで4回行ったが、あちらの若者は、どんなに貧しくても、日本よりはるかに愛国心を持っている。そういう歴史教育となっている。あれだけ何かを愛せるものがあるのが、正直うらやましかった」

「やはり原点に、愛とか感動とかがないと、強く長い貢献力にはなれない。家庭でも、地域でも、国でも。それを創るのが、歴史」



30年以上地域活動をやってこられた人生の先輩が、長年の実践の結果たどりついた結論。

それと私の信念が、完全に一致したことに、

強烈な感動をおぼえました。



愛国心、愛郷心を育むには、その歴史を知ることが何より大事(もちろん自虐史観ではなく、地域のため日本のために頑張った人たちがいたことを語る歴史です)、

それを知ってこそ、貢献する心が生まれてくる。公の活動、すなわち町内会活動やボランティア活動の、原動力となると思っています。

これが全ての根幹です。



同様の例では、、、早稲田大学の大学祭が、最近、一度なくなったのを、ご記憶でしょうか? あれは本当になくなってしまい、そのあとまた学生有志による大変な努力と苦労の結果、復活します。私の後輩がそれをやっていたので聞きましたが、本当に努力と犠牲の上に、復活を遂げた、ドラマがありました。

なので、以降毎年の早稲田祭実行委員には、まずその復活苦労話をビデオで見せるそうです。そういう歴史の上に、この早稲田祭があることを知ってもらう。すると例外なく新人たちは、感動し燃えてくれるとのことでした。




私の想いは、間違っていない、

地に足の着いていないものではない、

その想いを新たにしました。

歴史教育は、地域活性化、日本再生の、本丸です。




●また、「愛校心を育むためには、建物や木など、景観的シンボルが必要、

いまの学校はシンボルを作らないし守らない



これも全く同感です。私はこれに、校歌の重要性も、付け加えたいと思います。

母校の校歌を聴くと、同時に、自分の学校時代の歴史を思い出します。

過去と現在をつなぐのが、校歌であり、風景です。



だから本当は、地域の歌や、自治体の歌などもあればいいと思います。

というか、あるのですが、全然どの機会でも歌っていない。

結局、歌がいかに愛着と直結するか、真に理解している政治家や役人がいないからでしょう。いかにも役所的発想、アリバイ作りで、単に用意されているだけです。

http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/b_kenmin/kenminnohi/kenminka.html



景観についても、景観条例などはありますが、学校の景観という着眼点はありません。そういう考えがそもそもないからでしょう。

ハコモノ批判ばかりとなりがちですが、景観として皆が共有できるシンボルは守るべきという意見も、あっていいはずと思います。

現に、東大なら安田講堂、早稲田なら大隈講堂がシンボルになっています。愛着の持てるシンボルは、ひとの心にとても大切なものなのは、説明不要でしょう。それを地域でも、自治体でも、大切にするべきと考えます。



その意味で、いまの千葉市役所は、景観シンボルとして相当に貧弱と思います。

そういうシンボル機能を持つはずだった、ポートタワーも、シンボルとして定着しているとは言えないでしょう。

(そもそも私は、シンボルだけのためのハコモノというのは、あまり納得がいきません。何かの機能を果たしていることも、シンボルになるひとつの条件と思うからです)




これでは、千葉市への愛着をはぐくむのは、まるでうまくいかないでしょう。




●愛着愛情のある、町、地域、学校、国を、作りたい。

それが私の悲願です。