前回までの「子どもを産んじゃダメ!と思ってた」シリーズ

第1章・子どもをつくろうと決意したきっかけ 〜夫から言われた、あるひと言〜

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第2章

私が「子どもはいらない・産んじゃいけない」と思っていた理由はいくつかありますが、その中の1つに「生きづらい人間だったから」というのがございます。

今でこそ私は、自分をまるごと受け入れ“たんたんというジャンルの生き物”としてこの世を楽しんでおりますが、結婚前、カネシゲさんと出会った18年前のころは、生きづらさMAX絶頂期でございました。

まず基本的に「見捨てられ感」「愛が足りない感」「子ども時代をやり残した感」というものが私の中に存在しており、それらの感情と共に生きる日々でありました。年齢を重ねるにつれ“ゆがみ”は徐々に大きくなり、22歳で上京するも、うつ病を発症。彼に連れられ、しぶしぶ行った病院で“生きづらい人間”である事が発覚いたしました。

今でこそ心の病は世間に認知され、理解されるようにもなりましたが、少なくともその頃の私はまったく理解出来ておらず、「お医者にいったい何がわかるんだ」ぐらいの気持ちでしぶしぶ病院へ。

しかし、そこで出会った先生が私の恩人となりました。

「今まで相当頑張りましたね。辛かったでしょう。よくここまで頑張ったと思います」

そんな先生の言葉を聞いた瞬間、自分でも驚くほどの涙があふれ、人生で味わった事のない安堵をおぼえたのでございます。

昔から自分を責める癖がありました。もちろん四六時中そうではありません。調子のよいときは、むしろ誰よりも自信満々になるという両極端っぷり。でも、基本的には自己肯定感が低かったように思います。うつ病になってからその傾向はひどくなり、日々泣いて怒って暴れて、また泣いて……もーまさに地獄。「死にたいのに、死ねない自分情けない!」とすら責めてきました。そんなとき、お医者さんから「よく頑張った」と言われるなんて、まさに青天の霹靂でありました。

とは言え、24年間もの間「この生き方が正しい」と信じてやってきたわけです。今すぐ世界がガラッと変わるほど甘くはなく、ここから頑固な脳みそとの戦いの日々が始まりました。

「今を生きる準備」の為、一からではなくゼロから過去を整理しました。その過程のなかで、自分の“生きづらさ”を親や周囲のせいにし、責めたり距離を置いたりする時期もございました。

私は今でこそ料理を作ってはSNSにアップしたりと調子づいておりますが、もともと家事は苦手です。かといって外に出る事は怖い。人に会うのも怖い。ろくに働きもせず、夢も追えず、何者にもなれない。そんな自分を徹底的に責めておりました。

それでも「まずは人間らしい生活を」と、朝起きて夜寝る訓練。

朝起きて えらいぞ
夜寝て えらいぞ
靴下1セットたためた えらいぞ
笑えたなんて めちゃくちゃえらいぞ

否定することをやめ、すべてを肯定する言葉に変え、言い聞かし、言ってもらいながら、ちょっとずつ出来ることを増やしてみました。未来を捨てた気で、ゆっくりゆっくり、本当にゆっくりと。「生きづらい日々」を「穏やかな日々」に変えていったのでございます。

 



その後、34歳で画家として復帰をすることができ、沢山の方々に愛していただき、今は40歳。妊娠10ヶ月をむかえています。

その間カネシゲさんは、ここでは書き尽くせない地獄のような日々をずっとずっと、ずっと一緒にいてくれて、私以上に勉強し、戦ってくれました。「見捨てられ感」「愛が足りない感」「子ども時代やり残した感」の全てを満たすように、ときに優しく、ときに厳しく接してくれました。物事を白か黒で判断する私に「世の中は灰色でいいよ、そしてそれはとても素敵なことだよ」と教えくれたのもカネシゲさんでした。

数年後のある日「幸せかも……」とカネシゲさんに言った事を、今でも鮮明に覚えております。

無意識にこの言葉が出たのは、きっと生まれて初めだったと思います。
それは新宿都庁のそばを手を繋いで歩いていた、冬の事でした。

 

自分を責めるのをやめ、自分を受け入れ、自分の人生を歩む

もちろん、すべての事が完璧に出来るようになったわけありません。芸術に夢中になると周りがまったく見えなくなり、そんなときの家事は超超おろそかです。炊事洗濯自体、相変わらず好きではないし、みなさんが思っているほど社交的でもありません。

それでも、「子どもを授かって良い」と自分で自分に許可を出せたのは、カネシゲさんはじめ、私を応援してくださったすべてのみなさんのおかげです。

 

私は周りの支えがなければ、今生きているかさえわかりません。子どもを授かっていいと思えるようにまでなれた今に心から感謝しています。

アートだのロックだの、好きな事しかやってこなかった私。全然カッコよくない私です。それでもきっとこれからも一生冒険し、アートし、ロックしていくのだと思います。

 

ご迷惑をおかけし大変恐縮ではありますが、今後とも何卒よろしくお願いいたします。

 

こんな母親の元に生まれて来てくると決意してくれた我が子に最敬礼。

 



photo by Fujiwara sachiko

 

 

 

前回までの「子どもを産んじゃダメ!と思ってた」シリーズ

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