第1章

現在私は40歳、妊娠10ヶ月になりますが、5〜6年くらい前まで「子どもはいらない・産んじゃいけない」を思って生きてまいりました。

 

そんな私が子どもをつくろうと決意したきっかけ、それは夫・カネシゲさんから言われた、あるひと言でした。

当時カネシゲさんと出会って11年、結婚して5年目の我が家は「子どもが欲しい」といった会話をすることはありませんでした。彼自身、結婚当初 子どもを熱望していたわけではなかったこともありましたが、「欲しくない」と宣言していた私への気遣いや遠慮もあったと思います。お互い心のどこかで「どーするんだろうな」と考えつつも、なんとなく日々をやり過ごしていました。

しかし年を重ね、周りの子育てを見たり、私が“妊娠・出産できる期限”が迫ってくるなか、カネシゲさんの「子どもが欲しい」という思いは強くなっていったようです。ある日、いつものなんとなくの会話で「正直に言うと、子どもを欲しいと思っているよ」と告白されました。

この時のことはよく覚えています。喧嘩になることはありませんでしたが、私は「いまさら言われても」という空気を全力でただよわせ、ごまかそうとしました。

でも、正直「いまさら」では無いことも分かっていました。

生まれてこのかた、ずっとこのテーマで“哲学”してきたので、「もっとキッパリ『いらない』と言おう」とか、「このままスルーできるならそれも運命かな」などと日々思っておりましたゆえ、ついにこの時「ああ、スルーできないパターンか」と思ったわけでございます。

しかし、この先にこの話になるたびに“気まずい空気”になる人生はイヤです。さらに前回の記事でお話ししたように、心のどこかで“妙な違和感”があった事も事実です。そこで、いま一度真剣に考えて話そうと思いましたが……。

答えはやはり「NO」でした。

次回の記事でお話ししますが、私には確固たる「いらない」理由がありました。むしろ「つくらないことが正義」という信念もありました。その場でいくら考えても、答えは「NO」でした。

誤解なきよう申しますが私は、カネシゲさんを世界で一番愛しております。男としてだけではなく人間として大好きだし、数少ない尊敬する人物のひとりであります。この人と出会えた事が私の才能だとも思っているし、この人に足を向けて寝られないというくらいの恩もある(実際は寝ている)。

なのに、答えは「NO」。
簡単に「YES」と言えない手強い理由が、当時の私にはあったのであります。


「ごめんね、私は子どもをつくる事は無理だから、生涯ふたりで過ごすか、子どもが欲しかったら離婚するか、どちらか選んでくれて構わないよ」と私は言いました。


本音では「一生一緒にいたい」と思っていたけど、私の勝手な事情で彼の人生を縛るわけにはいかない。どちらの返事でも、彼が決めた答えなら彼は幸せだから構わないと、覚悟をしました。カネシゲさんは「大事な事だから、今すぐ答えは出せないから、今度返事するね」と言いました。


そして数日後、カネシゲさんが出した答えはこうでした。

「子どもがいなくても君との人生を選ぼうと思う。一緒にいよう。君と一緒なら僕はきっと楽しいよ」

この言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが動きました。

「こんな素晴らしい人間の最大の願いを、私は叶えてあげられないのか」
「この人の子をこの世に残さないという権限が私にあるのか」
「この人の子孫が残らないのは人類的によろしくない」
「この人の子孫を残せるのはこの世で私しかいないかもしれない」
「このまま『わーい、ありがとう』で終わって本当に本当に本当に、本当にいいのか?」

一瞬、本当に一瞬のあいだに心が叫んだのです。それと同時に、冬山の氷が溶けたかのような大量の涙が目からあふれました。

絶対に「子どもはいらない・産んじゃいけない」と思っていた。

カネシゲさんの覚悟を決めた言葉。それがなくても、私はカネシゲさんを愛していたはずだった。どんな答えでも私にとって未練はなく、逆に罪悪感もなくなり長年のモヤモヤが解決すると思っていた……。

にも関わらず、この時の私の心は、よりによって“この先大変になる言葉”を次々と叫んだのです。

ただ――

これらの「叫び」は決して自分を責めてはいませんでした。脳がどんなに「子どもを育てる? ハハハ、君には無理だ」とささやいても、心の叫びは美しく清々しかった。それらすべてが、自分にとって衝撃でありました。



私は号泣しながら言いました。「じゃあ1度、思いっきり脳みそを切り替えて“子どもを産む”という方向で生きてみるよ。今まで35年思えなかったんだから最初は無理矢理だよ。それでもやってみたいと思った事は本物で、素直な気持ちだから、やってみる。でもダメかもしれないから、期待はしないでね。正直まったく自信ないよ。『たぶん無理だろうな』って思っているよ。でも、やってみるから。一回やってみるから。ありがとう。」

普通の女性なら「この人のために産みたい」で済むところですが、私はそうではありませんでした。ならば相手がどうであれ、私自身が「子どもが欲しい・産みたい」と思えなくては意味がない、心の底からそう思える自分になる事、それこそが彼への一番の恩返しであり、産まれてくる子への最大の愛だと考えました。


それから3年

38歳で初妊娠し2度流産を経験しましたが、現在は妊娠10ヶ月。出産が予定日の通りだとすると、直前に誕生日を迎える私は41歳になっています。まだまだまだまだ未熟な私たんたんの人生は、きっとこれからが本番であります。

過去に生きるより、今を、未来を冒険したい。

カネシゲさんからもらった「子どもがいなくても君との人生を選ぶ」というひと言は、人類をうみだす、とっても不思議な言葉でした。

 


Photo by Fujiwara sachiko


⇒第2章・“生きづらい人間”でありました。