「豊中地蔵さん歩」寸感(1) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:



先週の土曜日、2018年10月27日
阪俗研会友の久木治男さんのご案内で
待望の「豊中地蔵さん歩」に参加しました。
久木さんは、
豊中市内のお地蔵さんの所在を一人で調査なさり、
143ヶ所、1084体を記録されています。

今回は、移動距離が長いので移動には
久木さんの自家用車を用い、
スポットでは歩きました。
自家用車の定員の関係で参加者は、
この二人の他、松田眞一さん、今村一善さんです。

今村一善さんからのレポートが届きましたので
これを軸に2回にわけて、吾輩の寸感を載せます。
先ずは今村レポートです。


◆豊中は、かれこれ10年近く仕事でうろついてる場所なのに、
 特に気にしたことなかったお地蔵さん。
 その未知へのお誘いに、好奇心でホイホイと参加した。
 そんなズブの素人が、最初に紹介されたお地蔵さんたち。
 のっけからお地蔵さんたち。
 70体。
 同じようなお地蔵さんが整然と並んでるのではなく、
 様々なお地蔵さんがひしめきあってる。
 道路工事で移転はしたものの、
 もとからたくさん集まってたとのこと。
 ここらの地形、丘陵地の中の谷筋や、急斜面を確認しつつ、
 どういった経緯で、ここで、こんな面白い事になったのか、
 思いを巡らせてると
 次のお地蔵さん達のもとに。
 今度は10体のお地蔵さん。

以下、田野による書き込み。
「のっけからお地蔵さんたち。70体」です。
写真図1 刀根山元町の首なし地蔵

手前が久木治男さん、後方に今村一善さん。
ボク自身、大阪市内で四天王寺の「地蔵山」をはじめ
お地蔵さんの寄せ祀りを
何カ所か調査しましたが、
のっけからのこの光景には、いささか驚きました。
場所と祭祀組織がポイントですね。
それと経緯です。

この地蔵さんたちは
「道路工事で移転はしたものの、
 もとからたくさん集まってたとのこと」です。

写真図2 地蔵祠の先の出っ端
 
この出っ端も
きっと中央環状線工事の際、
新しく出来た地形なのでしょう。
古い地形図との照合は欠かせない作業です。
もともと、この場所は如何なる場所だったのでしょうか?
それは通時性の問題です。

共時性の観点からは、
祠の場所が、今日
当該の地域社会で如何なる位置づけがなされる空間なのか、
集落の公的施設、宗教施設との関係で知りたいものです。

個々の尊像の履歴・由来についても知りたいものです。
豊中市内には、この地蔵祠の他に
いくらも、久木さんの調査にある「寄せ地蔵」があります。
一ヶ所でも記録はないものでしょうか?
何時、誰が、何処から持ち込んだのでしょうか?
文字による記録も大事ですが、
実体験に興味がそそられます。
その際、屹度何ぞの不思議が語られるでしょう。
これは、霊験譚や縁起譚につながる
人文学からの興味です。

膨大な豊中の地蔵信仰調査の情報を
今後、共有できることに
期待しております。

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

田夫野人(田野 登)さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス