浪花ふくしま奇観(2) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

「浪花ふくしま奇観」では、
福島区の街角に、
福島区の住民にも気づかれない、
何の意味もないようなワンショットを取り上げます。

 

前回、某所の「狂い咲き」を挙げると書きました。
某所とは妙壽寺で、
狂い咲きとは藤の花です。

写真図1 妙壽寺での狂い咲きの藤の花

時は、先週の大施餓鬼のあった9月21日(火)です。

背後のマンションの場所は

平成4(1992)年に店を閉じた

蓮料理の老舗「冨竹」があったところです。


妙壽寺は浦江塾のお寺で、ボクの檀那寺です。
檀家の方でもない人が
道路側から写真を撮っておられましたので、
ボクも気づいた次第です。
後で住職に訊ねましたところ、
この花は4月には咲かなかったとのこと。
「狂い咲き」であって、

「返り咲き」ではなかったようです。

 

たしかに妙壽寺は、最近、藤棚を延ばして、
少しばかりは花を咲かすようになりました。
今年の春の写真です。

写真図2 妙壽寺の藤棚

撮影は4月7日です。
場所は墓地で、四角い墓石は、
『源氏物語評釈』を巻八「花宴」までで中断し
文久3(1863)年に他界した萩原廣道の墓です。

 

この時ならぬ施餓鬼の時季の狂い咲きの
妙壽寺の藤は、実は
明治時代の「四季遊観地」にも挙げられています。
ここからは、虫眼鏡をご用意ください。

写真図3 大阪府立中之島図書館所蔵

明治15(1882)年出版『大阪名所獨案内』

巻末 「四季遊観地」

 

画面左上(8丁表)、最初の項目「藤花」に注目してください。
○野田村春日社地 ○北野太融寺
その次、1行目から2行目に改行するところに
「浦江妙壽寺」とあります。
明治15(1882)年は
浦江が市街地化して「悲惨な近代」を迎える前のことです。

浦江ばかりか現在の福島区、および北区にかけては、
大阪の町場の人々にとりましては、
恰好の遊覧地でした。
まだ、郊外電車が開通していない時代のことです。

 

以前、*『福島てんこもり』に
次の記事を書きました。
 *『福島てんこもり』:2010年「浦江妙壽寺蓮の花」
           『福島てんこもり』第17号

◆大阪北郊の遊観を場所ごとに抜き出し、
 整理すれば以下のとおりである。
 ○北野:鶯/摘草/梨花/菜花/藤花/萩花/看月/菊花
 ○三番:梅花/菜花/蛍/虫聞/看月
 ○浦江:藤花/杜若/蓮花/虫聞/萩花
 ○大仁:梨花/菜花/藤花
 ○本庄:新樹/躑躅/看月
 ○長柄:垂桜/垂桜
 ○十三堤:摘草
 ○野田:藤花
 ○海老江:蛍
  東風吹く春に梅花が香り、
 初夏には杜若・藤が次々と咲き、
 夏の水辺には蛍飛び交い、
 秋には虫の音…。
 現在の福島区域とその近辺の村々が明治当初、
 市中の人々にとっては
 いかにも鄙びた遊覧地であったのである。

 

浦江妙壽寺の「藤花の狂い咲き」から
えらい脱線をしました。
福島区の片隅に寄せる思いをつづったまでです。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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