「暁鐘成」覚書(5) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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前回、鐘成と歌国との関係に
興味を惹くと書きました。
実際、鐘成が歌国と一緒に仕事をしたことは、
幾つかの出版物の編著者に名を連ねていることからも
明らかです。


今回は国文学者・書誌学者である長友千代治氏の
著述から紹介します。

長友千代治、1970年3月「暁鐘成研究」
(『大阪府立図書館 紀要』第6号)の
《著作年表》を拾い出し、
その一端を示しましょう。

 

文政5(1822)年 壬午 30歳
○春3月、浜松歌国編輯『神仏霊験記図会』1冊に
   序並挿絵を画く。
嘉永2(1894)年 乙巳 57歳
○この年、『二千年袖鍳』のうち、
 続篇(外題にいう二編のことか)を編集する。
 編者は、初編 故浜松歌国、残編 故蔀関牛、
 遺編 故浦辺良斎、附編 松下箒樹。松川半山画図。

 

『神仏霊験記図会』は、願懸重宝記であって
寺社仏閣のガイドブックです。

『二千年袖鍳』は、万物の創始の起源の年数を
書き連ねた絵入りの娯楽本で

効能に土産、船中の日和待ちなど
「退屈の憂さはらし」にでもと宣伝しています。

 

そういった仕事に関わっていた両人について
*長友千代治「浜松歌国・暁鐘成」は、
次のように評しています。
  *長友千代治「浜松歌国・暁鐘成」
  :『論集近世文学5 秋成とその時代』
   高田衛編、勉誠社所載

◆これら歌国の出版界と一体となっての
 娯楽読物の出版活動、
 一方で大阪とその近郷の
 名所旧跡・行事・市中の出来事・芸能・風俗を
 書き留める態度は、
 鐘成に至って一層顕著となり、
 拍車がかかることになる。

 

前回、河童言説を記述した「合羽島」記事を載せる
『摂陽見聞歌拍子』は、大阪とその近郷に材をとっての
随筆です。
「浜松歌国・暁鐘成」を続けます。
◆幕末期の大阪で、
 一般大衆の読書要求に応えながら、
 もっとも精力的に編集・著作活動をおこなったのは
 暁鐘成である。

 

狂言作者である歌国を承けての
鐘成の記述の信憑性について、
次回は、
神事をめぐる言説を検証します。
取り上げる神事は
野里住吉の一夜官女祭で、
人身御供言説です。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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