室戸台風直後の外島保養院をめぐる動向(2) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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前回、
次回は中島町民の
室戸台風直後の動向ですと予告しました。

 

今回も記録は、
地元の学校記念誌、西淀川区史等に
見当たらず、*『風と海の中』に
限られています。
  *『風と海の中』
   :『風と海の中―邑久光明園入園者八十年の歩み』
    1989年第1版、
    1997年第2版発行、
    邑久光明園入園者自治会

 

『風と海の中』に中島町民が
載る記事は、
室戸台風襲来の3日後の
1934(昭和9)年9月24日のことです。

◇次第に(外島保養院入院者の)遺体の
 腐敗がひどくなり、
 悪臭が鼻をつき、
 遺体には

  うじが群がっていることが多くなった。
 しかしそんな時でも青年団員たちは
 病友の名を呼びつつ、
 心をこめて水から引き上げた。
 中島町民総動員で遺体の捜索もされ、
 広い空地の葦原の中から
 14名の病友の変わり果てた姿が
 発見されたのもその頃であった。

 

隔離収容されていた
外島保養院入院者と
中島町民との出会いは、
この時です。
「広い空地の葦原の中」から
発見された「変わり果てた姿」だったのです。

 

同じ島の住民「隣人」でありながら
不幸な関係のもとでの
出会いでありました。

はたして7月22日(日)
西淀川図書館での
郷土史講演会までに
同時代史として
「室戸台風以前の中島周辺の世界」を
編めるか否か、
ボクの課題です。

 

7月15日(日)
阪俗研のメンバーで
西淀川区中島を一周します。
途中、「外島保養院記念碑」に
参ります。

郷土史講演会の案内チラシは
           ↓ここをクリック
https://ameblo.jp/tanonoboru/entry-12387016296.html
《西淀川での郷土史講演会のご案内(1)
 2018-06-28 18:12:13》

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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