外島保養院入院者の見た中島町界隈(10) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

今回も前回に引き続き、
 7月22日(日)、西淀川図書館での郷土史講演会
 「室戸台風以前の中島周辺の世界」の
講演準備を兼ねて
《外島保養院入院者の見た中島町界隈》を
覚書を記します。


テキストは
*『風と海の中』です。
  *『風と海の中』:
  『風と海の中―邑久光明園入園者八十年の歩み』
  1997年第2版発行、邑久光明園入園者自治会
   第1版1989年

 

本シリーズ
《外島保養院入院者の見た中島町界隈》を
継続して読まれている方はお気づきでしょうが、
外島保養院入院者が
「中島町界隈」を、
その目で見た記述はないのです。
前回の城島橋のたもとまでの
見送りの際は
間違いなく布屋町、中島町を
通過していますが、
町の記述はありません。

 

隔離収容だった故、
見たのは神崎川の土手から眺めです。
遠望です。
あと一つ遠望はあります。
テキストを引きます。

 

◆患者の地域の南東約一町七反歩は
 農地と火葬場、ごみ焼却場などのある地で、
 そこまで出ると
 遠く大阪市の空が仰がれた。

 

隔離生活者は

「大阪市の空」をどのような思いで
眺めていたのでしょう。

当初から管理者当局は
隔離収容施設からの逃走をおそれていました。
「見張所撤廃」が通達されるのは、
開院二十周年記念行事の翌日の
昭和3年4月21日のことです。
テキストを引きます。

 

◆しかしこの時から、
 逃走者防止のために自治会人事部役員は
 しばしば各舎を回って人員点呼をし、
 逃走者を見付けては会議にかけて
 「退院処分」を可決した。
   ある時、こんな事があった。

 

逃走者が出たのです。
外島保養院を出て、
どこに向かうのでしょう。
テキストを続けます。

 

◆3名の者がステテコ姿で
 風に吹かれながら
 布屋町へ通じる堤防を歩いていて
 発見された。
 いうまでもなく3名は
 逃走者として戒規に従って
 退院処分を言い渡された。

 

隔離施設を抜けだして歩いていたのは
「布屋町へ通じる堤防」なのでした。

「昭和九年室戸台風前の中島町略図」を
ご覧下さい。
写真図 「昭和九年室戸台風前の中島町略図」

この「布屋町へ通じる堤防」は、
蜿々と湾曲しながら続く
松並木の植わった堤防です。
この3名は服装からすれば、
衝動的な行動かもしれませんが、
場所からすれば、
堤防を伝う他、術はありません。

堤防の先には
風に吹かれるまま、
娑婆世界でもあると思ったのでしょうか?

 

この時の院長の発言が
気が利いてます。
次回まわしにします。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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