水都大阪の異界を覗きます(2) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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今回も前回に引き続き
20年ほど前に書いた*拙稿を
テキストとして話を進めます。
 *拙稿:「水都の異界を覗く」『まほら』20号、
     1999年7月、旅の文化研究所

 

おととい2018年6月2日の取材でも
天王寺駅から清水の地蔵さんに立ち寄ってます。
そこには井戸がありました。
写真図 清水地蔵尊の井戸
     撮影:2018年6月2日

その井戸を覗き込み異界を想像しています。
この井戸につきましては、
*『大阪のお地蔵さん』にも書きました。
   *『大阪のお地蔵さん』:拙著『大阪のお地蔵さん』
             1994年、渓水社

 

はたして井戸の底に何かを見たのでしょうか?
◆「それで井戸の方は現役ですか?」
 「きれいな水は出るが、今は『検査中』です。
 それでも毎年、8月の最初の日曜日には、
 町内総出で井戸替えをやってます。」
 川柳にある「井戸がえに人の百足が路地を出る」といった
 町内共同体も、現役なのである。
 「井戸が先か、地蔵さんが先なのかはわかりませんが、
 ここのお地蔵さんの井戸は、
 昔、弘法大師さんが天王寺さんをお参りなさった際、
 庚申街道を歩かれていて、たまたま今の場所で休息を取られ、
 持っていなさった杖を地面に突きささされたところ、
 その場所から綺麗な水が湧き出したと伝わっています。」

 

たしか、己の来世の姿を井戸に映っているといった
「姿見の井戸」の話が伝わる井戸ではありますが、
『大阪のお地蔵さん』の取材時は、
むしろ弘法井戸の伝説を聴いたのでした。
この界隈は「霊水」をしばしば聞く場所です。
立て札には「清泉にして甘味なり」とあります。

 

ようやくテキストに入ります。
異界を訪ねるのに
思い立ったのは「龍宮界龍の都」の下げのところでした。
続きを記します。
◇龍宮界から大阪に帰るのにどこが駅場(たてば)かを
 猩々の駕籠舁きに尋ねる。
 「そうだんな、天王寺の亀の池か天保山だんな」とのこと。
 天王寺の亀の池から歩き始めたら
 きっと異界の縁にでも出られるだろう。
 天王寺さんの亀の池なら子どもをもついて来るだろう。
 何とかたらかして、小一日かけて天神橋まで歩くと決めた。
  池の端、橋の下なら異界が覗けるに違いない。
 天王寺駅から清水の井戸の地蔵さんに参って庚申さん。
 西門潜って引導鐘。
 「ここの鐘ついたら極楽に行けるねン」
   亀の池にはぎょうさん亀がいる。

 

という訳で、亀の池に出ました。
「龍宮界龍の都」の下げのところは、
駕籠舁の正体が猩々であるのが
ばれて天保山にも帰らずじまいです。
猩々では「酒手が高うつく」というのです。
「酒手」は酒代であって、
駕籠舁へのチップでもあります。

猩々とは、天満天神のお迎え人形の一つで、
紛れもなく異類です。

*『広辞苑』を引きます。
   *『広辞苑』:新村出編2008年『広辞苑第6版』岩波書店

 

◆しょう‐じょう【猩猩】シヤウジヤウ
 中国で、想像上の怪獣。
 体は狗や猿の如く、声は小児の如く、
 毛は長く朱紅色で、面貌人に類し、
 よく人語を解し、酒を好む。

 

どうりでキャンセルされたのでした。
偽浦島が、その後、大阪に帰ったか否かは存じません。
ボクの関心は、
亀の池の傍らの亀井堂に向けられます。
そこに異界への口を発見したのです。
以下は次号です。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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