薮入りの時空間(5) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

前回、俳詩「春風馬堤曲」の空間を
分析すると予告しました。
まず第1段、長柄川に至っての
感懐が叙せられます。


①やぶ入や浪花を出て長柄川
②春風や堤長うして家遠し

 

この第1段において、題材の「薮入り」の
空間が明示されています。
①では固有の場所を指す名辞「浪花」、
②では「家」です。
この「家」は、第6段⑰の
「故園の家」であります。
「故園の家」は作中仮託の帰省する女の生家であります。
浪花からの里帰りに際しての
長柄川に至っての感懐です。

 

ここで問題にしたいのが「長柄川」であります。
その位置を明らかにしましょう。
制作事情を綴った*前書(まえがき)には

次の記述があります。
 *前書:『近世俳句俳文集』(日本古典文学全集42、
     小学館1975年第二版)
◇余一日余、一日耆老(きらう)ヲ故園ニ問フ。
 澱水(でんすい)ヲ渡リ馬堤ヲ過グ。(以下略)

 

「澱水」は漢詩風の呼称ですが、淀川のことです。
その淀川を船で渡って、毛馬の堤に至る訳ですから、
①の句の「長柄川」は、
毛馬からすれば淀川を挟んで対岸に位置する陸路を
浪花の町から北行した時に
北方に見える川でなければなりません。
「長柄川」という川の名称は、
*古地図では「中津川」と表記される川です。
 *古地図:第9図 増修大坂指掌図 寛政9(1797)年
      玉置豊次郎『大阪建設史夜話』
      (大阪都市協会1980年)附図 
写真図 「増修大坂指掌図」
     大阪府立中之島図書館所蔵

この地図は
馬堤曲が制作された*安永6(1777)年から
ほど遠くない地図です。
   *安永6(1777)年:『広辞苑』その他による。

地図の中央の「北中嶋」と「南中嶋」の間に
描かれているのが「中津川」で、
南中嶋の北東端(右上)に「北長柄」が見えます。
その東(右)に川が描かれ、
「百八十五間ワタシ」と表記され、
対岸に「友淵」、その北(上)に「毛馬」と見えます。
この「ワタシ」が毛馬渡です。

 

*『澱川両岸一覧』の「毛馬渡口」の半角割注には
次の記述があります。
 *『澱川両岸一覧』:暁鐘成『澱川両岸一覧』
   文久3(1863)年 大阪市立図書館アーカイブ
◇友淵村の上ニあり東生郡毛馬村より
 西成郡北長柄村への舟渡しなり
 渡の長さ百九十間と云

 

「摂津大坂図鑑綱目大成」と重ねれば
馬堤曲の「長柄川」の句は
西成郡北長柄村の渡船場から目にしたものとしての
句であることが明らかとなります。

 

次回は、薮入り娘の感慨を
「浪花」と「家」を軸に考察します。

なお今回の考察により
《薮入りの時空間(2)》《薮入りの時空間(3)》の
「長柄川堤」を
「長柄川」に書き改めます。
「堤」は淀川堤であります。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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