「やじきた浪花の旅」を話します(2) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

阪俗研会友でもある、
難波宮と大阪・熊野街道連絡協議会事務局の
島田浩三さんからのご依頼で
「やじきた浪花の旅」を話します。

 

今朝方から久々に
十返舎一九『東海道中膝栗毛』八編上中下を
小学館日本古典文学全集で
通して読みました。


講演の副題は「近世大阪の都市民俗」です。

今や学界では「都市民俗」という領域が
忘れ去られた感がします。
近世にあって三都および城下町は
周辺の農村とは一線を画す空間でありました。
弥次喜多が
高津社の高殿の遠眼鏡で
眺めたモノは、いったい何だったのでしょう。
写真図 「やじきた浪花の旅」表紙

弥次喜多を待っていたのは
遠眼鏡の触れ込みであった。
あまり上品ではないが、
市井の暮らしの細部までが
覗き見ることができると
触れ込んでいる。
◆遠眼鏡の言ひ立て
 「サア見なされ、見なされ。
 大阪の町々蟻の這ふまで見へわたる。
 近くは
 道頓堀の人群聚、
 あの中に坊さまが何人ある。
 お年寄りに、お若い衆、
 お顔の*みつちやが何ぼある。
  *みつちや:あばた

 

高津社から道頓堀の芝居町を
ご両人は眺めております。
この歓楽街には
さまざまな人たちが蝟集していました。
その空間は
人の気をそそる巷でした。

 

◆・・・まだまだ不思議は、
 此の眼鏡をお耳にあてると、
 芝居役者の声色、
 つけ拍子木の
 かたりかたり、
 残らず聞こへて見たも同然。
 お鼻を寄すれば、
 大庄の鰻の匂ひ、
 ふんぶんとあがつたも同然。
 ただの四文では
 見るがお得じや。
 千里一目の遠眼鏡
 これじやこれじや。・・・

 

 「かたりかたり」とは
舞台裏の効果音です。
役者の立ち回りや駆け足が聞こえてきます。
食欲をそそる鰻を焼く匂い・・・。

近世の大阪人の暮らしぶりを
江戸っ子を弥次喜多の失敗談をとおして
相対化して見つめます。
彼らにとって大阪の習俗は
異文化であったはずです。

 

コンテンツは以下のとおりです。
 1 はじめに
 2 やじきた『道中膝栗毛』浪花の世界
 3 装いの不思議
 4 不思議な食い物
 5 住まいの不思議
 6 生業の不思議
 7 むすび

 

当時の暮らしぶりを解くのに
三都の習俗を記録した
喜田川守貞『守貞謾稿』(『近世風俗志』)を援用します。

はたして、そこから「都市民俗」が
再構築される可能性が見出せるか否かは
ボクのプレゼンテーション能力に
掛かっています。

申込み締切は本日消印有効です。
    ↓ここをクリック
https://ameblo.jp/tanonoboru/entry-12367485217.html

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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