弁天埠頭ターミナルビルの変化 | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

昨日2018年4月7日、
大阪あそ歩で市岡界隈を歩きました。
参加者は会友の桧垣宏之さん一人でした。
桧垣さんはリピーターというより
この界隈の情報提供者です。


これ幸いと
一緒にマチの変化の調査しました。

弁天埠頭ターミナルビルの変化です。
現在も港名品店協同組合が
同ビルの中央部にしっかりと
営業を続けていますものの、
東側の加藤汽船の待合所跡が
向かいの旅館の駐車場となったのに続き、
西側の関西汽船の待合所跡は、
トラック駐車場となりました。

 

今まで注視していた
大阪案内板もなくなっているのを
今回、確認しました。
2013年春撮影した場所と見比べます。
写真図1 2013年春撮影の弁天埠頭ターミナルビル

この頃はまだ、加藤汽船
関西汽船の待合所のあった建物が残っていました。
その間に2基の信号があり、
関西汽船の庇の右下(東側)に郵便ポスト、
その右に
大阪案内板が見えます。
左が赤茶け、右がブルーの傾いた板です。

 

それには次の記述がありました。
以下、
本ブログ《弁天埠頭の気になる大阪案内:2015-04-02 10:32:49》
  ↓ここをクリック
https://ameblo.jp/tanonoboru/entry-12009223523.html

◇     大阪
  大阪はその昔、“難波津”とも呼ばれ、
  古くから繁栄した庶民の町であり、
  また産業都市として
 東京と並び、
  文字通り日本の心臓部を占めている。
  面積約203㎢、人口304万(昼間人口400万)
 最新式の設備と生産方式をもつ
 各種の工場が点在する。
  林立する高層ビル、
  縦横に走る高速道路線、地下鉄網は
 新しい大阪を象徴し
 庶民的で柔らかいムードの中に
 たくましい生活力のあふれている都市である。

 「庶民的で柔らかいムードの中に
 たくましい生活力のあふれている都市」と
  あります。

 

 「人口304万」は
昭和40(1965)年から昭和45(1970)年の間と
推定します。
この推定は
「第1章 人口の推移-大阪市」の
図表の読図によります。
www.city.osaka.lg.jp/toshikeikaku/cmsfiles/contents

万国博が開かれたのは昭和45(1970)年で、
案内板の文章は
この時代の大阪を表現したものです。

 

今回、
この弁天埠頭ターミナルビルが
大きく変化しているのをまのあたりに見ました。
写真図2 弁天埠頭ターミナルビル

2基の信号の背景にあったビルは無くなり
歩道にはフェンスが張られ、
懸案の大阪案内板は見えません。

 

大阪港開港150年の今年ですが、
1995年2月で以て
*「発着する定期航路が廃止」された
弁天埠頭が一段と姿を変えてゆくのを
哀惜の思いで確認しました。
  *「発着する定期航路が廃止」:
   ja.wikipedia.org/wiki/関西汽船
   最終更新 2017年12月25日 (月) 02:31

 

磯路の桜通りは
すっかり昨夜来の風雨で
花を散らしていました。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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