弁天埠頭の今を案内します | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

「弁天埠頭の今」を案内します。
大阪あそ歩で4月7日(土)に実施します。
磯路の桜通りも最早、葉桜でしょう。
参加者がいなければ
中止にするところ、
実施することになりました。

 

「弁天埠頭の今」の写真をピックアップしました。
写真図1 元の加藤汽船の待合所

元の加藤汽船の待合所の場所は、
旅館のお客さんの駐車場になっています。
「旅館のお客さん」は長距離観光バスの
運転手さんのようです。
弁天埠頭並びの旅館は健在です。

 

弁天埠頭は
神戸で震災のあった1995年に
定期便が廃止され、
とっくに無くなっているのですが、
名残は今もあります。
これを探るの一興です。


写真図2 バス停留所「弁天ふ頭」

場所は移動していますが、
バス停留所「弁天ふ頭」はあります。
この4月から大阪シティバスに引き継がれました。

 

いっぽう、目を転じて
安治川内港から前方の対岸を窺いました。
USJのホテル群が林立しています。
写真図3 安治川内港から前方の対岸

USJ観客の歓声は聞こえないまでも、
好対照な光景が想像されます。

 

そんな変わりゆく「弁天埠頭」の今昔を
このたび、フリーライターの木村貴由子さんが
『大阪春秋』に連載することになりました。
第1回は
第170号、2018年春号に掲載されました。
「弁天埠頭ものがたり
 -女神が見つめた50年」
《第1章 降臨!満を持して》です。

 

1965(昭和40)年7月1日、
安治川内港の旅客船ターミナルとして開業した
弁天埠頭は何も「大阪万博に備えて」の
施設ではなかったようです。
「大阪市の復興は港から」のスローガンのもと
遂行された一大プロジェクトの
集大成だったのです。

 

「大阪港よ、甦れ!」に始まり
「女神のデビューは華やかに」
「商人パワー結集!港名品店協同組合」
「別府航路の黄金時代」と
見出しは連なります。

 

4月7日(土)当日は、
懐かしの別府航路の写真、
“瀬戸内海の女王”と謳われた
観光船の優美な船体などの写真を
ご覧に入れながらガイドします。

もちろん磯路の桜通りを経て、
市岡パラダイスの
ちょっと怖い都市伝説も
お話しします。

 

大阪あそ歩「市岡安治川コース」の
詳細、お申し込みは
  ↓ここをクリック
https://www.osaka-asobo.jp/course154.html

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

田夫野人(田野 登)さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス