福島区歴史研究会のセミナー「浦江マチ歩きの栞」の報告 | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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福島区歴史研究会のセミナー
「浦江マチ歩きの栞」の報告をします。
今回は、福島区歴史研究会会長の
末廣 訂さんに
ご寄稿をお願いしお願いしました。

 

◇先日3月31日(土)に桜満開でしかも休日にかかわらず、
 大勢の方に来場いただき区民センターの会議で
 福島区歴史研究会のセミナー
 「浦江マチ歩きの栞」鷺洲界隈の再発見という題で
 90分余りの講義をいただきありがとうございました。
 私は2月の当会総会で会長を仰せつかって、
 初めての開講挨拶をさせていただきましたが、
 当初考えていたことは1つも言えず、
 田野さんがこのセミナーに対して、
 何回も現場を歩き、
 図書館に行って史料探しをしておられたことしか

  話せませんでした。
 講義の内容は
 私にとって大変懐かしい場面を今昔併せて案内していただき
 あっという間の90分でした。
 その昔と言っても大正末までは
 海老江、や浦江は同じ西成郡鷺洲村であり、町でした。
 海老江の南桂寺の山号が鷺洲山であるのも頷けられます。
 鷺洲という名前のいわれ、読み方や
 田蓑島や井路川と街道、また浦江というなくなった地名の

  残照を追って、
 喰いついていく「マチ歩き」の真髄を発見し、
 楽しい講座でした。

 

以下、田野による書き込み。
会長さんとして「初めての開講挨拶」だったのですね。
いっそう気合いが感じられ、
ボクも普段にも増して
舌がよく滑りました。
お話した内容は、
《セミナー「浦江マチ歩きの栞」準備中です
 2018-03-16 09:46:43》で示しました
コンテンツのとおりです。
  ↓ここをクリック
https://ameblo.jp/tanonoboru/entry-12360666540.html

 

《1「鷺洲」を巡る》は、
地元の方々にとってお馴染みの場所を
時折、昔の写真を織り交ぜながら
たっぷり、119コマ中55コマ話しました。

 

《3 「浦江」「鷺洲」を解く》あたりから
理屈っぽくなります。
この辺も、昭和25年に、福島区鷺洲に生まれた者として
知り得る限界を示しながら、
昭和18(1943)年成立の「福島区」以前の
「西淀川区鷺洲町浦江」の
「鷺洲」は「さぎす」ではなく「さぎしま」と
読むことを
橋柱の刻字などから読み解きました。
小学校の「鷺洲」は「さぎす」でした。

 

《5 「田蓑島」を想う》は、
歌枕「田蓑島」への空想です。
むすびは次のとおりです。
写真図 むすび

「浦江」をキイワードに
鷺洲界隈を駆け足で巡り歩きました。
そこは、
芦の茂る低湿地であって
歌枕「田蓑島」の伝承地でした。
100年程前までの浦江は
杜若の名所でもありました。
今回のセミナーが
急激な都市化に消えた
ふるさと「浦江」の
原風景を偲ぶ縁となれば幸いです。

 

以上、

主催者福島区歴史研究会・末廣会長のことばから
喚起されたことを綴りました。
今回のセミナーも
終始、和やかな雰囲気に包まれ、
地元で知り得たことを
地元の方々の前で
お話し出来たことを光栄に思いました。

 

福島区歴史研究会会員
究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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