晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

 

住職からハガキをいただきました。
以下、文面を紹介します。
郷土誌を見直す『浦江塾』のご案内
 戦中戦後を体験し記憶に残っている人は少なくなって
きました。身近に起こった出来事の数々、現在の平和な
世の中では信じられないことを話していただきます。皆様の
ご記憶でさらに補完していただき、若い世代にこの界隈で
現実にあったこととして伝えていきたいものです。
 日時 12月2日(土曜日)午後7時より9時迄
 場所 妙壽寺(福島区鷺洲2-15-10)駐車可
 テーマ 「戦中戦後の浦江界隈」
       ―体験し経験した話―
          さぎす郷土史研究者
             内藤眞治先生

 

内藤眞治さんはボクより20歳ほど年上の
昭和6年生まれで
福島区歴史研究会会員の方です。
となりぐみの

電気屋さん(ナショナル・現パナソニック)で、
内藤さんのご両親とは
ボクの爺婆の代からお世話になっております。

 

住職も書かれてますように
「戦中戦後を体験し
記憶に残っている人は少なくなって」
ボクの実家のある長屋の暮らしぶりも
聴けなくなってきました。
当時、暮らしていたご本人から
聴く話には説得力があります。
ボクのように
福島区の歴史を調べている者にとりましては、
たいへん、ありがたい情報提供者です。

 

あまりに身近に起こった出来事は、
誰も記録してくれてません。
今回のお話は、
福島区に限らず
戦中なら、どこでもあったような話でしょうが、
未生の過去の暮らしぶりを
知るにはまたとない機会なのです。

 

今回のお話のひとつに
上福島から浦江を経て
野田阪神のさき昔の中津川まで
福島区を北東から南西にかけて流れていた、
「どぶ川」(『鷺洲町史』の聖天川)を
自転車で探検した話があります。
なかなかの聞き所です。

井路川なら福島区じゅう
どこにも張りめぐらされていました。
一昨日も住職と話していましたが、
実家の前の長屋を南北に貫く道は、
明治の半ば以前は、
農業用水路やったと思います。

 

その井路川も
大大阪ができてくる
大正の末から昭和の一桁にかけて
すっかりドブ川になり、
厄介者扱いされて埋め立てられます。

こうして、明治の半ば以前は
農村であった地域が
労働者が住む町に変貌する中で
すっかり、元の景観が
忘れ去られてゆきました。

 

内藤眞治さんは、
今や浦江の語り部です。
先日も民放の番組に登場し、
福島区歴史研究会の講師として
下福島中学校で
お話もなさってます。

 

今でこそ、すっきりと落ち着いた
それでいて
人懐っこさを感じさせる
町並みの福島区ですが、
一皮剥けば
泥臭いどぶ川沿いの
庶民の暮らす町であったことを
再確認することになるでしょう。

 

浦江塾は、いつもどおり、
参加手続き不要、参加費無料です。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員 田野 登

 

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