晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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阪俗研の「便り」に
お彼岸の記事を
会友で市岡の29期生の田中和雅さんにお願いしました。
早速、メールが届きました。

 

◇お彼岸に墓参りをされた方も多いかと思いますが、
 私の家ではお彼岸に墓に参る習慣はなくて、
 墓参りはお盆の行事でした。
 ではお彼岸には何をするかと申しますと、
 仏壇におはぎを供えます。
 春のぼたもち、秋のおはぎ。
 父の里ではなぜか春でも秋でもぼたもちでした。
 高校生の時、
 余ったそのぼたもちをお弁当に持って行ったことがあります。
 同級生女子がのぞきこむので
 「ひとつ食べる?」と聞くと
 遠慮したのか首を横にふりました。
 それが40年も経って同窓会で
 「あの時もらっておいたらよかったな」と。
 お彼岸ではなく、おはぎの思い出。

 

以下、田野による書き込み。
ちょっぴり甘酸っぱい思い出と
現在の心境を綴られました。

ところでボクの春秋お彼岸の中日は、
檀那寺の妙壽寺での法要にお参りして
オハギを戴いて帰って
家族と食します。
檀那寺での法要の後、
四天王寺での日想観を修す行事に参加して
夕陽の沈む時に、
参集した一同と
般若心経を上げたりすることもあります。

 

田中さんは
「仏壇におはぎを供えます」と記してます。
ボクの場合、実家には仏壇がありますが、
住んでいる家には仏壇がありませんので、
日々のホトケ祭りはしていません。

 

そこで田中レポートによって
子どもの時代、
親の代でのお彼岸のホトケ祭りを
思い出してみました。
たしかに、わが家でもオハギをお供えしておりました。
田中さんは
「同級生女子がのぞきこむので
 「ひとつ食べる?」と聞くと
 遠慮したのか首を横にふりました」と
綴っておられますが、
ボクは、
近所のお宅が毎年、お彼岸に
自家製のオハギを作られては、
ありがたく、いただいていました。
それが味つけや柔らかさが
わが家と微妙に違ったりしたものです。

 

この長屋の家どうしの、
オハギのやりとりは、きっと
お相伴に与るといったものでしょう。
「相伴」という言葉の意味を
*『広辞苑』で確かめました。
 *『広辞苑』:新村出編2008年『広辞苑第六版』岩波書店
第2項目に次の記述があります。
 ◇饗宴の座に正客に陪席して
  同じく饗応を受けること。

お彼岸のオハギの場合でしたら
「饗宴の座」の「正客」とは、
お仏壇のご先祖さんでしょう。
何だか抹香臭いと思われるでしょうが、
ご家庭のご先祖さんへのお供えの品の
お相伴に与ったものです。

 

田中さんが40年前、
「ひとつ食べる?」と言わはったのには
お相伴の意味合いが有ってか無かってか存じません。
ただ、40年後の同級生女子の言葉
「あの時もらっておいたらよかったな」に
如何ほどの意味があるのでしょうか?
40年後の彼女には
お彼岸のお相伴の
世間的な意味が理解できたのだと
ボクは解釈しますが、
いかがでしょうか?
しかし、これは、確かめられない方がよいかもしれません。

 

それにしましても
田中レポートから
年中行事での配り物の
心意の一端を考えさせられました。

 

究会代表 田野 登

 

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