超高齢社会ニッポン(1) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

 今日の日本は、「高齢化社会」でなく、「高齢社会」でもありません。


「超高齢社会」の段階にまで達しています。


65歳以上が人口の22%を超えているのです。


新聞には「高齢者、初めて3千万人超す「団塊の世代」65歳迎え」とあり、


高齢者の割合は24.1%と報じております(9月16日朝日新聞夕刊)。


これを書くボク自身、昨年、父の3回忌を済ませたと思ったら、


あと2年程で自分が「高齢者」になるなど信じられません。



 最近、ボクはラジオ「深夜便」(NHK第1放送)に、はまっております。


19日、20日放送では、認知症に罹った夫を支えた妻の感動的な体験談が語られていました。


三重県津市在住のTさん(以下「妻」)のお話です。


その方の夫(以下「夫」)は国立大学薬学部の教授をされていたとのことです。


「夫」の異常行動が認められたのは、


2002年に退官パーティでの普段とは異なる言動、帰りの駅で切符を買う際の混乱したようすでした。


「妻」がこのことを知ったのは、「夫」の先輩の先生から告げられた時でした。


「妻」は、「夫」の変化をなかなか信じられなかったようです。


それも無理はありません。


「夫」を身近な所でみていると思い込んでいる「妻」からすれば。



 発症の発見から治療、治療から施設への通所、通所から入所という展開は、


認知症の場合、よくあるコースです。


放送を聴いている限り、後手後手に回っている感じは否めません。


社会的地位のある人が認知症に罹った場合、


家族の対処にためらいがみられるのでしょうか。


プライドもあることでしょう。


こういったためらいがかえってこじらせてしまうように思います。


病気となれば、過去への想いを断つことも選択肢だと思います。


次回は、ボクの体験をまじえながら書きつづることにします。



「超高齢社会ニッポン(2)」へ続く

田夫野人(田野 登)さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス