マイ年表の世界(1) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

私は、現在、非常勤の身です。


年間通じては、高校生相手に授業をしております。


「マイ年表の世界」は、


高校生とのやりとりの中で話したことを自分なりにまとめるものです。



3年生相手の今年度、最初の教材は、


アラスカの大自然を撮った写真家・星野光夫の随想「ワスレナグサ」でした。


その冒頭「十一月のある晩、吹雪の北極圏で、


初めての子供の誕生を知った」とあります。


「その年は、平成6年で、西暦に直すのに、『1988』を足せば、1994年です」と。


「子供の誕生」の年号を告げると、


生徒からは「ぼくらとおない年やん」と声があがりました。


調子に乗った私は


「この次の年、1995年、平成7年1月17日に阪神・淡路大震災が起きたよね」と


発言しました。


すると「そのとき、ぼくはまだ生まれてへん」という声があがりました。


そうです。早生まれの生徒のほとんどは、まだ生まれていません。


そんな生徒たちも、お母さんがおなかを抱えて、震災を体験したことを聞かされているかも知れません。


最初の授業は偶々成功しました。


自分の生まれた年を基点として、歴史を見ることで、


「マイ年表」とは、よい意味で自分本位の年表です。


「現代文」の作者の生没年に、明治、大正、昭和、平成が出れば、西暦に置き換えさせています。


その逆もします。


和暦・元号は、不便なようでも、わが国の文化です。


終戦の年は、和暦では「昭和20年」であって、「1925」を足して西暦1945年です。


目を近隣諸国に向けると、西暦1949年10月に中華人民共和国が成立し、


1950年6月に朝鮮戦争が始まります。


その昭和25年は私の生まれた年でもあります。


もちろん、朝鮮戦争が始まった時、私は生まれて半年程で、もちろん何も覚えていません。


「マイ年表の世界」は、未生の時代にも広がります。


未生の時代のことは、前々回、「盆に迎える客」で述べたとおりで、


記録と照らして、自らの想像力をはたらかせるようにしています。







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