晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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一昨日2018年5月22日(火)、阪俗研のメンバーと
6月9日(土)に「大阪のお地蔵さん」を
「すみよし歴史案内人の会」でお話しするための調査に
住吉の閻魔地蔵尊を探訪しました。


同行の方は桧垣宏之さん、碇安弘さんと
豊中のお地蔵さんを調査されている久木治男さんで、
今回は久木さんにレポートしていただきました。
◇・・・住吉区にある閻魔地蔵を田野先生が訪ねられるのに、
 桧垣さん、碇さんと同行させていただきました。
 本尊は閻魔の姿をした地蔵の化身という珍しい尊像で、
 地元の方々により手厚く祀られています。
 田野先生が調査カードをもとに聞取り調査されるのに同席し、
 大変参考になりました。
 その後桧垣さんのご案内で住吉のお地蔵さんをいくつか訪ね、
 地蔵談義をさせていただき、楽しい半日でした。

 

以下、田野による書き込み。
拙著『大阪のお地蔵さん』1993年北辰堂記事の
再訪として25年前の行動をたどることにしました。
出発は阪堺電車天王寺駅前です。
写真図1 あびこ道行きの阪堺電車

今回も上町を行く路面電車に
ボクははしゃいでました。
「神ノ木」の高架駅など、子どもの頃、住吉っさんへのお参りの時、
いつも難波からの南海本線から眺めていたものです。

 

今回は住吉鳥居前で降車し、
25年前に閻魔地蔵への行く道を訊ねた
和菓子屋さんを探しました。
住吉警察署の向かいの末廣堂さんでした。
写真図2 和菓子屋の末廣堂

今回もご主人が丁寧にお教えくださいました。
老舗の和菓子屋さんは、

控え目ながら地元情報の宝庫です。

 

紀州街道を北に行き、
右(東)に折れ、阪堺電車の阪堺線沿いに行きます。
踏切のお稲荷さんの石の祠を余所に
斜め前方(北西)に木立が見えます。
そこが六道の辻の閻魔地蔵堂です。

写真図3  六道の辻の閻魔地蔵堂

久闊を叙すというのではありません。
1993年当時の話者だった

大正6年生まれのお婆ちゃんのお名前は
確認出来ました。
どうも今回、ボクはぎこちない
線香と蝋燭を閻魔地蔵さんに挙げるのを怠っていました。
ツカツカと崇拝者の聖地に
踏み込んでいるのでした。

 

帰りしなにお尋ねしましたところ、
現在の堂守の女性は

昭和29年生まれの方でした。

堂内の絵馬を拝見しました。
賽の河原の図です。
写真図4  絵馬の賽の河原の図

鬼がいて阿鼻叫喚の世界に
慥かに閻魔大王は図画の右上の殿舎の
欄干の奥におわします。

前回は写真撮影は以ての外で
「わしは見世物やないぞ」との
閻魔地蔵さんのお声でたしなめられましたが、

今回は、おそるおそる堂守のお方に
許しを得て尊像を撮影させていただきました。
写真図5 内陣の閻魔地蔵尊

内陣に鎮座ましますのは、
冠り物を付け、
きっと、こちらを見据えておられるお方は
慥かに閻魔さんでした。

 

それにしましても、不心得で不手際つづきの再訪でしたが、
思わぬ参拝者に小さな驚きもしました。
近くの東粉浜幼稚園の園児が
帰りに閻魔地蔵さんに立ち寄り
お供えのキャンデー一粒をいただいて帰るのでした。
まさに久木さんが記されたように
「地元の方々により手厚く祀られて」いる

お地蔵さんの情景を目にしました。

 

下向に地元の桧垣さんの案内で、
住之江区浜口の萬目(まめ)地蔵、御崎北町会館の子安地蔵、
粉浜の親子地蔵、南海本線高架下の商栄勢至地蔵など
いずれも、しかと地域に息づくお地蔵さんを
寸時、確かめ得ました。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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浦江塾で「大阪市パノラマ地図」の読み方を学びませんか?
昨日、住職から案内ハガキがとどきました。
文面は以下のとおりです。

 

郷土誌を見直す『浦江塾』のご案内
 大正12年に大阪の市街地を鳥瞰図で描いた
パノラマ図がありました。当時の建物や町並みが詳細に
描かれています。当時の絵葉書、写真、地図等と見比べ
ながら大大阪時代と現代の大阪の街歩きをしてみたいと
思います。大阪検定試験一級の資格をお持ちの先生です。
 日時 6月2日(土曜日)午後7時より9時迄
 場所 妙壽寺(福島区鷺洲2-15-10)駐車可
 テーマ 「大正時代の大阪市パノラマ地図で学ぶ」
            -大阪街歩きのススメ-
     府立大 大阪検定客員研究員
         前阪 恵造先生

 

以下、田野による書き込み。
講師の前阪恵造さんとは、
4月28日の「やじきた浪花の旅」の
講演の後の飲み会でご一緒しました。
瓢箪から駒が出たのではありませんが、
彼からは、
大阪市パノラマ地図の読み方を教わりました。
制作者のこと、制作過程のこと、
この地図の版図のことなど
大変、詳しくご存知でした。

 

それもそのはず、大阪検定試験一級合格者による
講座でお話しなさっておられる方です。
ボクの聴いたお話は、
浦江塾で情報を共有したいと
思います。

 

大阪市パノラマ地図といえば
昨年はじめ阪俗研会友の
足立尚樹さんが作成された
GPS機能による位置情報の取得で
自由に観光できる
「福島をおもろく歩くデジタルマップ」の
データベースとした地図です。
 ↓ここをクリック
https://www.libertyfish.co.jp/works/2227.html

 

作成の過程で関わりましたが、
パノラマ地図のおもしろさは、
その図像の歪みです。
その図像の取捨選択です。
とことん、詳しく描いているかと思えば、
当時、あったはずの施設が描かれてなかったりして、
かなり不正確な地図です。
客観的というより主観的な地図です。

 

どのような地図もバイアスがかかっておりますが、
地図という制作物は
制作者の認識のあり方を図像化したものであることを
思い知らされます。

いったい、何を基準に
パノラマ地図が描かれたのでしょう。
きっと、パノラマ地図を携えて
街の迷路に入り込みたくなることでしょう。

今回の講演から
制作者の意図を聴いて
いっそう街歩きにそそられることになるでしょう。

 

いつもの浦江塾です。
興味のある方の参集をお待ちしております。
参加費無料、参加手続き不要です。
回を重ねて第81回です。
今回の新しい試みにご期待下さい。なお会場の妙壽寺は

写真の正面のお寺です。

写真図 会場の妙壽寺

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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「杜若の里」浦江を発見しませんか?

写真図1  聖天さんの「浦江名所かきつばたの里」碑

 

集合場所はJR大阪環状線福島駅です。
写真図2 なにわ筋からのJR大阪環状線福島駅

解散場所の梅田スカイビルが
木立の向こうに、ちょこっと顔を覗かせています。

 

「売れても占い商店街」福島聖天通を
西に行きますと、やがて聖天通です。
写真図3 福島聖天通から聖天通

手前(東)が福島聖天通、その先が聖天通。
「八聖亭」のビルが見えます。
福島出身の噺家・月亭八方師匠の稽古場です。

 

聖天さんは、「浦江名所かきつばたの里」です。
写真図4 聖天さん(了徳院)の池

「いずれ菖蒲か杜若」とか?

花菖蒲とか?
松尾芭蕉の句碑は、翁の塚でした。

角にお地蔵さんの祠る妙壽寺から
今歩いた福島方面を振り返りました。
写真図5 妙壽寺の角

妙壽寺の背後の高層マンションは
蓮料理の冨竹の跡に建ったファミール福島です。
カキツバタと云いハスと云い、
浦江の地形が偲ばれます。

 

JR神戸線のガードを潜れば北浦江(北区大淀南)です。
浦江の八坂さんには何故か
論語を伝えたとされる王仁博士のお社があります。
写真図6 王仁神社案内板

浦江から大仁(だいにん)にかけては
王仁博士の墓の伝承地の一つです。
このような低湿地に古代人のお墓?
現地で説明しましょう。

 

浦江公園を散策し
大仁の八坂さんを過ぎ
なにわ筋を渡って
東に行けば解散場所の梅田スカイビルです。
都会にいて森林浴ができる庭園です。
写真図7 梅田スカイビルの庭園

下見の時は外国人客が
せせらぎの音が聞こえる紅葉谷で
休憩してました。

 

解散の後は、
スカイビル地下の「滝見小路」はいかがでしょう。
写真図8 「滝見小路」の住居標識

琺瑯の住居標識なんぞ
昭和を感じます。
この商店街はレトロな街並みを表現しています。
都会に鄙び、田舎風情を発見した後、
仕上げは「滝見小路」で乾杯!

 

まっすぐ東に行けば、
一部地下トンネルを経て
阪急梅田は、すぐそこです。

今週土曜日5月26日(土)実施の
大阪あそ歩浦江・大仁コース
詳しくは
   ↓ここをクリック
https://www.osaka-asobo.jp/course562.html
お申し込みも、ここからアクセスしてください。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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今回は 「春風馬堤曲」の時間について考えます。
参考文献として
『近世俳句俳文集』(日本古典文学全集42 小学館1975年第二版)を
用います。(以下「小学館1975」)
この作品の時間は入れ籠になっています。

 

薮入り娘が故郷の実家に向かう時が
大きな箱であって、
第5段の春草路においては、
回想の時間が2件入れ込まれています。

まず大きな箱である
故郷の実家に向かう時について考えます。

 

時季を見ます。
「春」を抜き出します。
第5段:春草路
⑯の前句「故郷春深し行々て又行々」の「春」は、
春夏秋冬の春です。
⑭の前句「春あり成長して浪花にあり」の「春」は、
薮入りする娘の「青春」の寓意でもあります。
⑭の第3句「春情まなび得たり浪花風流」の「春情」もまた
「色情」の意味と重ねています。
「色情」となれば、第4段在所の農家
⑧「古驛三兩家猫兒妻を呼妻來らず」の「猫の恋」もまた
同趣旨で
「春風馬堤曲」の世界に色気を漂わせています。

 

その他、この作品には春の季語が散りばめられています。
第1段長柄川堤
「②春風や堤長うして家遠し」の「春風」、
第2段堤下③の前句
「堤ヨリ下テ摘芳草」の「芳草」、
第3段茶店の⑥の後句
「無恙を賀し且儂が春衣を美ム」の「春衣」、
第5段:春草路の
⑩「春艸路三叉中に捷徑あり我を迎ふ」の「春艸路」、
⑪「たんぽゝ花咲り三々五々五々は黄に」の「たんぽゝ花」、
⑫「憐みとる蒲公莖短して乳を浥」の「蒲公」(ルビ:たんぽぽ)、
⑭の後句「梅は白し浪花橋邊財主の家」の「梅」、
⑯の後句「楊柳長堤道漸くくだれり」の「楊柳」。

 

ここでは⑥の後句の「春衣」を取り上げます。
*『広辞苑』には次の記述があります。
     *『広辞苑』:新村出編2008年『広辞苑第6版』岩波書店
しゅん‐い【春衣】
春(正月)に着る衣服。春服。はるぎ。

「はるぎ」を繰りました。
はる‐ぎ【春着】
①春の季節に着る衣服。春服。
②年始に着る新しい衣服。春衣。季新年

「春衣」は年始の装いでしょう。
旧暦の正月は春です。

 

薮入りについて
*『近世風俗志』の「養父入」に次の記事があります。
   *『近世風俗志』:喜田川守貞著・宇佐見英機校訂、
   2001年『岩波文庫近世風俗志(守貞謾稿)四』
◇(上略)京坂市間丁児は、
 春秋各一日の暇を給ふ日を定めず、
 元服後はこれを許さず。
 婢は幼長ともに、春秋三日二夜の暇を許す。(以下略)

 

「暇を給ふ日を定めず」とあり、
京坂の奉公人は、
今日のように、一斉に
一月一日の元日、正月三が日を挟んで
民族の大移動をするわけでもないのでしょう。

 

生家にたどりついた時間は?
第6段の故園の家⑰は
「嬌首はじめて見る故園の家黄昏」とあります。
やっとこさ、故郷の家を見つけたのは
「たそがれ」夕暮れ時でした。

 

ここまで薮入り娘の
薮入りをした時を見てきました。
次回は、入れ籠になっている
回想の時を詳しく読み解くことにします。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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前回、「やぶ入や浪花を出て長柄川」を嚆矢に
長短和漢の十八首の俳詩からなる
与謝蕪村「春風馬堤曲」を軸に
「薮入りの時空間」を
探ることにすると記しました。

テキストとしますのは、*「与謝蕪村「春風馬堤曲」」です。
 *「与謝蕪村「春風馬堤曲」」
 :http://www.geocities.jp/sybrma/335buson.syunpuubatei.html


便宜的に18首の冒頭に算用数字を振り、
各首を章立てにして第1章から第18章として
構成を見ることから始めます。

 

   春 風 馬 堤 曲  十八首
①やぶ入や浪花を出て長柄川
②春風や堤長うして家遠し
③堤ヨリ下テ摘芳草  荊與蕀塞路
 荊蕀何妬情    裂裙且傷股
④溪流石點々   踏石撮香芹
 多謝水上石   敎儂不沾裙
⑤一軒の茶見世の柳老にけり
⑥茶店の老婆子儂を見て慇懃に
 無恙を賀し且儂が春衣を美ム
⑦店中有二客   能解江南語
 酒錢擲三緡   迎我讓榻去
⑧古驛三兩家猫兒妻を呼妻來らず
⑨呼雛籬外鷄   籬外草滿地
 雛飛欲越籬   籬高墮三四
⑩春艸路三叉中に捷徑あり我を迎ふ
⑪たんぽゝ花咲り三々五々五々は黄に
 三々は白し記得す去年此路よりす
⑫憐みとる蒲公莖短して乳を浥
⑬むかしむかししきりにおもふ慈母の恩
 慈母の懷袍別に春あり
⑭春あり成長して浪花にあり
 梅は白し浪花橋邊財主の家
 春情まなび得たり浪花風流
⑮郷を辭し弟に負く身三春
 本をわすれ末を取接木の梅
⑯故郷春深し行々て又行々
 楊柳長堤道漸くくだれり
⑰嬌首はじめて見る故園の家黄昏
 戸に倚る白髮の人弟を抱き我を
 待春又春
⑱君不見古人太祇が句
 藪入の寢るやひとりの親の側

 

8章の構成を
薮入り娘の道行に従って、
場面に沿って6段としました。
 1長柄川堤→2堤下→3茶店→
 4在所の農家→5春草路→6故郷の家

 

第1段:長柄川堤:①②
第2段:堤下:③④
第3段:茶店:⑤⑥⑦
第4段:在所の農家:⑧⑨
第5段:春草路:⑩⑪⑫⑬⑭⑮⑯
第6段:故郷の家:⑰⑱

 

以上の構成は、
渡船場に下り立ち
村の玄関先の茶店に立ち寄り、
生家におもむくまで道程を
時系列に従って整理したものです。
その間、この作品は

回想を交えながら薮入りの世界を
叙述しています。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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