晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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今回も大阪府立中之島図書館所蔵『浪華奇談』を
取りあげます。
本ブログは、該書についての
拙稿「翻刻『浪華奇談』怪異之部」(『大阪府立図書館紀要』第36号
2007(平成19)年3月31日発行)に基づき、
適宜、加筆、削除しています。
「拙稿」につきましては、以下のアドレスで確認ください。
   ↓ここをクリック
https://www.library.pref.osaka.jp/uploaded/attachment/475.pdf

 

今回は「天狗清兵衛」の続きです。
清兵衛は天狗に誘引されて後、
天空を飛行します。
大阪のわが家の上空にも飛来します。

 

以下、本文を挙げます。
◇我が家を出て百日目には
 百ケ日の仏事を家内にて勤行するを
 屋上よりくわしく見聞せり。

 

清兵衛は今や天狗の眷属です。
彼の家族にとりましては、
いきなりの失踪です。
神隠しに遭ったとボクは解釈します。
天狗による神隠しについて
*柳田国男は次のように記述しています。
 *柳田国男:1909年3月「珍世界」第3号「天狗の話」
      (小松和彦校注『新訂 妖怪談義』
       2013年角川学芸出版)
●そこで自分の考えでは
 今日でも片田舎でよく聞く神隠しということは、
 少なくも一部分は
 この先生の仕事にして天狗様の冤罪である。

 

神隠しと語られることの中には
「天狗様の冤罪」もあると断じています。
一部は天狗への濡れ衣だと述べているのです。
注目すべきは「この先生の仕事」です。
この文脈での「先生」とは、
先住民族を意味するようです。

 

柳田は、この「天狗の話」の前の箇所で
次のように記述しています。
●播磨風土記を見ると、
 今の播但鉄道の線路近くに
 数部落の異人種が奈良朝時代の後まで住んでいた。
 蝦夷が遠く今の青森県まで遁げた時代に
 丹波の大江山にも伊勢の鈴鹿山にも鬼がいて、
 その鬼は時々京までも人を取りに来たらしい。

 

柳田の家郷の近くにも
奈良時代の後まで「異人種」が住んでいたというのです。
この「異人種」は、別の文脈では、
「我々日本人と全然縁の無い一種の人類」とも
表現しています。
ここで柳田が挙げる大江山や鈴鹿山にいる
「鬼」というのは、
同論文にいう「山中の蛮民」と表現する人々を
このような妖怪に仕立て上げたもので
明らかに先住民族のことです。

 

神隠しの真実は、
天狗といった妖怪の仕業ではなく、
山に密かに住む先住民族が
孤独に堪えかねて
里に下りてきて、
里人を引っ提げて帰るというのです。
明治末の柳田国男の
日本列島に住む民族への
強い関心が読み取られます。

 

天狗清兵衛の話で、
自宅では
百か日の仏事が執り行われている様を
清兵衛自身
「屋上よりくわしく見聞」したことが
語られています。

 

次回は、失踪して三年後のことを
取りあげる中で、
この百か日の仏事の訳を探ることにします。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員 田野 登

 

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今回も大阪府立中之島図書館所蔵『浪華奇談』を
取りあげます。
本ブログは、該書についての
拙稿「翻刻『浪華奇談』怪異之部」(『大阪府立図書館紀要』第36号
2007(平成19)年3月31日発行)に基づき、
適宜、加筆、削除しています。
「拙稿」につきましては、以下のアドレスで確認ください。
   ↓ここをクリック
https://www.library.pref.osaka.jp/uploaded/attachment/475.pdf

 

今回から「天狗清兵衛」を取りあげます。
◇安永の頃、浪花に
 天狗の清兵衛といふ者あり。
 天狗に仕へし故
 しか名付たり、
 此のもの傘張りを業として
 予が父天狗の説をこまごまと問ひしに
 清兵衛いふ。

 

「安永の頃」とあります。
著者である小倉敬典の
生年は安永3 (1774)年です。
以下の話は
著者の父が
清兵衛から聴いた話を記録したものです。
「天狗の清兵衛」という渾名は、
天狗に仕えていたからとのことです。
天狗は信仰の対象になっていたのでしょう。

 

その清兵衛の生業が傘張り職人というのですから、
さぞかし日和を気にかけて
空を仰いでばかりいました。
そこで天狗と遭遇したのでしょう。

 

以下、本文を続けます。
◇「初め誘引せられし時
 虚空を飛行して
 大ひなる高堂の甍の上に
 我を置けり。
 
この清兵衛の天狗と遭遇する場面は、
まるで鳶か烏が
人を浚ったかのような話です。

 

以下、本文を続けます。
◇『此の所はいづくなるぞ』と問へば、
 『京都の大仏のやねなり』と答ふ。
 次に住所へ伴ひて俗身を改め易へて
 我を飛行、夜刃神と成せり、 
 所かへ使者に仕わりし事なり。
 夫れ故大坂の我が宅のやねへも時々来れり。

 

「京都の大仏」とは、*Wikipediaによりますと、
方広寺(現・京都市東山区)にかつて存在した大仏で、
初代は豊臣秀吉による造営、
安永年間当時は三代目です。
大仏殿は二代目で高さは49mとされています。
 *Wikipedia:ja.wikipedia.org/wiki/京の大仏
       最終更新 2017年9月4日 (月) 05:37
通天閣の半分ぐらいの高さです。

 

「我を飛行、夜刃神と成せり」の
「夜刃」は
偶々、中之島図書館に
居合わせました野高宏之氏(奈良県立大学教授)に
訊ねましたところ「やしゃ」と教示されました。

*『広辞苑』の「やしゃ」の記事は次のとおりです。
 『広辞苑』:新村出編2008年『広辞苑第6版』岩波書店
 やしゃ【夜叉】
 〔仏〕(梵語 yaka)インド神話で、森林に住むとされる神霊。
 人を害する鬼神である反面、財宝神としても信仰された。

  (以下略)

 

「森林に住む」となれば、
天狗の属性とも重なりそうです。

 

以下、清兵衛が
わが家を飛行するところからは
次回にまわします。

次回は少々パワーアップします。

図書館で充電してきました。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員 田野 登

 

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住職からハガキをいただきました。
以下、文面を紹介します。
郷土誌を見直す『浦江塾』のご案内
 戦中戦後を体験し記憶に残っている人は少なくなって
きました。身近に起こった出来事の数々、現在の平和な
世の中では信じられないことを話していただきます。皆様の
ご記憶でさらに補完していただき、若い世代にこの界隈で
現実にあったこととして伝えていきたいものです。
 日時 12月2日(土曜日)午後7時より9時迄
 場所 妙壽寺(福島区鷺洲2-15-10)駐車可
 テーマ 「戦中戦後の浦江界隈」
       ―体験し経験した話―
          さぎす郷土史研究者
             内藤眞治先生

 

内藤眞治さんはボクより20歳ほど年上の
昭和6年生まれで
福島区歴史研究会会員の方です。
となりぐみの

電気屋さん(ナショナル・現パナソニック)で、
内藤さんのご両親とは
ボクの爺婆の代からお世話になっております。

 

住職も書かれてますように
「戦中戦後を体験し
記憶に残っている人は少なくなって」
ボクの実家のある長屋の暮らしぶりも
聴けなくなってきました。
当時、暮らしていたご本人から
聴く話には説得力があります。
ボクのように
福島区の歴史を調べている者にとりましては、
たいへん、ありがたい情報提供者です。

 

あまりに身近に起こった出来事は、
誰も記録してくれてません。
今回のお話は、
福島区に限らず
戦中なら、どこでもあったような話でしょうが、
未生の過去の暮らしぶりを
知るにはまたとない機会なのです。

 

今回のお話のひとつに
上福島から浦江を経て
野田阪神のさき昔の中津川まで
福島区を北東から南西にかけて流れていた、
「どぶ川」(『鷺洲町史』の聖天川)を
自転車で探検した話があります。
なかなかの聞き所です。

井路川なら福島区じゅう
どこにも張りめぐらされていました。
一昨日も住職と話していましたが、
実家の前の長屋を南北に貫く道は、
明治の半ば以前は、
農業用水路やったと思います。

 

その井路川も
大大阪ができてくる
大正の末から昭和の一桁にかけて
すっかりドブ川になり、
厄介者扱いされて埋め立てられます。

こうして、明治の半ば以前は
農村であった地域が
労働者が住む町に変貌する中で
すっかり、元の景観が
忘れ去られてゆきました。

 

内藤眞治さんは、
今や浦江の語り部です。
先日も民放の番組に登場し、
福島区歴史研究会の講師として
下福島中学校で
お話もなさってます。

 

今でこそ、すっきりと落ち着いた
それでいて
人懐っこさを感じさせる
町並みの福島区ですが、
一皮剥けば
泥臭いどぶ川沿いの
庶民の暮らす町であったことを
再確認することになるでしょう。

 

浦江塾は、いつもどおり、
参加手続き不要、参加費無料です。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員 田野 登

 

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今回も大阪府立中之島図書館所蔵『浪華奇談』を
取りあげます。
本ブログは、該書についての
拙稿「翻刻『浪華奇談』怪異之部」(『大阪府立図書館紀要』第36号
2007(平成19)年3月31日発行)に基づき、
適宜、加筆、削除しています。
「拙稿」につきましては、以下のアドレスで確認ください。
   ↓ここをクリック
https://www.library.pref.osaka.jp/uploaded/attachment/475.pdf

 

畜生道から生還した九良兵衛ですが
我が不徳の身に羞じいることになります。
テキストを続けます。
◇よつて人々に此のものがたりをなしけるが、
 馬の打ちたる礫(つぶて)の跡を見れば、
 白き毛を生じたるこそあやしけれ。
 夫れより九良兵衛、
 「まつたくかやうの界にいたるも、
 わが不徳ゆへ」と
 夫れより神儒仏の三道を学び、聖人と成りけり。

 

礫の跡は逃げ帰る時に
獣たちから
投げつけられた石によるものです。
この臨死体験を語った唐橋屋九郎兵衛は
東横堀で鉄屋を商う人です。
この後、神道、儒教、仏道を学んで
聖人になったというのです。
「聖人」とは、
もともと儒家のいう理想の人のことです。

 

テキストを続けます。
◇愚老按ずるに
 いにしへより犬の主を援くる例し
 和漢まま多し。
 必ず失ありとてむざと笞をくわふべからず。
 人すら大科を犯す。いわんや畜類おや。

 

「人すら大科を犯す。いわんや畜類おや」の章句は、
曹洞宗の宗典である修証義を思い起こします。
「畜類尚お恩を報ず、人類争(いかで)か
 恩を知らざらん」とあります。
もっとも、修証義は、
明治になって公刊された経典ですが…

 

テキストを続けます。
◇されば本朝のむかし、王代のころ、
 馬牛鶏犬のたぐひは
 人家に益ある生類なれば
 其の肉を喰ふべからす。
 又猱猴は人によく似たる獣なれば、
 六畜の外たりといへども、
 是れを殺害すべからずと
 告諭せられし古法あり。
 西土(もろこし)などとはちがひて、
 君子国の風俗仰ぎ営むべきにあらずや。

 

「猱猴」の「猱」も「猴」も「さる」です。
「六畜」は*『広辞苑』では、次の記述があります。
  *『広辞苑』:新村出編2008年
        『広辞苑第6版』岩波書店
  りく‐ちく【六畜】
  六つの家畜、
  すなわち牛・馬・羊・犬・鶏・豚の総称。ろくちく。

「是れを殺害すべからず」は
仏教の十重禁戒の第一に「不殺生戒」とあり、
生き物を殺すことへの戒めです。

 

本文に述べる
「本朝のむかし、王代のころ」からの
「告諭せられし古法」として
不殺生戒を挙げていますが、
はたして、古来、厳守されていたのでしょうか?
「牡丹」は猪の肉の隠語ですネ。
猪は「宍(しし)」であって六畜ではありませんが、
「桜」は、どうでしょう。
六畜のうちの馬の肉です。

 

不殺生を
「西土(もろこし)などとはちがひて、
 君子国の風俗仰ぎ営むべき」と
称賛しているのは、
『浪華奇談』著者の小倉敬典です。
近世後期の大坂玉造の開業医です。

畜生道を夢うつつに
体験した「唐橋屋九郎兵衛」の話でした。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員 田野 登

 

 

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今回も大阪府立中之島図書館所蔵『浪華奇談』を
取りあげます。
本ブログは、該書についての
拙稿「翻刻『浪華奇談』怪異之部」(『大阪府立図書館紀要』第36号
2007(平成19)年3月31日発行)に基づき、
適宜、加筆、訂正しています。
「拙稿」につきましては、以下のアドレスで確認ください。
   ↓ここをクリック
https://www.library.pref.osaka.jp/uploaded/attachment/475.pdf

 

愛犬を亡くした九良兵衛が
跡を追うようにして
辿り着いた先は?
テキストを続けます。
◇九良兵衛、驚歎し
  「扨は此の所は畜生道なるが、
 早く立去らん」といふを、
 犬、九良兵衛の袂をくわへてとどめ、
 「逃たまふとも彼の者ども
 やわか逃がしはせじ。
 暫く待ちて食事をなし休息あれ。
 われらよき時分、案内し帰らせ参らせん。
 さりながら
 膳に向ひたまふとも青き物を喰ひたまふべからず。
 是を食すれば、
 忽ち獣類と変ず」

 

えらい破目に陥ったものです。
脱出しようにも追っ手がかかる。
それに、愛犬からは
野菜を摂ることを禁じられます。

 

テキストを続けます。 
◇九良兵衛、心得戦慄して着座しければ、
 犬は出行ける。
 しばらく有りて、 
 勝手より食膳を持ち来り、
 九良兵衛にすすむ。

 

恐る恐る席に着いたところ、
何やらお膳が運ばれてきました。

 

テキストを続けます。
◇九良兵衛、犬のおしへしごとく、
 青き物は残して食し、夫れより
 休足するかの畜るいどもは
 次の間に入りて物がたりして居たり。

 

言いつけに従って野菜を
食べ残しました。
畜生たちは
寛いでいる様子です。
今こそ逃げ出すチャンスです。

 

テキストを続けます。
◇此の間に白犬来りて
 「今の中に走りたまへ」といふ。
 九良兵衛、是れに任せて
 逃出しけるに
 猴牛馬の類、大勢追懸け来りて
 「残念なり。残念なり」と追かけ
 みなみな川岸に来るころ、

 

九良兵衛は脱出したところ、
牛馬も追っかけてきました。

 

テキストを続けます。
◇九郎兵衛はかの川を早渡り、
 はしりければ、
 獣どもとも怒りて
 「ぜひもなし」といふて、
 石を掴んで九良兵衛に向つて、
 手々に擲ち
 帰りけるが、
 此の川をかの者ども渡り得ざるこそ、
 ふしぎなりと思はば、
 夢の覚めたるごとくに蘇生せり。

 

もと来た川を渡りました。
畜生どもは悔しがって
対岸から石を投げつけてきます。
畜生どもは川を渡りきれません…
その時、九郎兵衛は、ふと目が覚めました。
この先、九郎兵衛は、
この不思議体験を語ります。
次回にまわします。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員 田野 登

 

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