8月15日、終戦の日でした。
札幌護国神社へ参拝。
護国神社では平和祈念祭が行われていました。
私は遺品殿へ。
ここには歩兵二十五聯隊の貴重な資料がある。
日露戦争の二百三高地を占領した月寒歩兵二十五聯隊長渡辺聯隊長の軍服がある。
乃木大将直筆の漢詩「爾霊山」が揮毫されている。
渡辺聯隊長に請われて揮毫したもので、普段人に頼まれても揮毫しない乃木大将が「二百三高地は私の墳墓である」と言った渡辺大佐に特別に書いたといわれている。
二百三高地占領の乃木大将からの感状である。
これは歩兵二十五聯隊にとって宝であった。
終戦時に樺太にあった聯隊は、ソ連軍の侵攻に北海道へ疎開させるために送っていたのだが・・・・。
戦後長らく行方不明となつていた。
それが昭和50年に札幌護国神社で発見され現在まで保存展示されている。
ここには終戦直後に戦った占守島の資料もたくさん展示している。
海軍の軍服も少しだがある。
戦死された軍人の血染めの軍服もあったり、遺品殿は戦争の生々しさを今に語りかけている。
護国神社の境内には数々の慰霊碑があるが、沖縄戦の慰霊碑が一際目をひく。
沖縄県民に次ぐ戦没者を出した北海道出身の兵隊はほぼ全北海道の市町村を網羅している。
市町村別に戦没者の名前が石に刻まれている。
沖縄戦の慰霊碑の前の矢印は沖縄を指している。
護国神社で懐かしい方に出会った。
月寒の慰霊塔へ行こうというので同道した。
月寒は歩兵二十五聯隊が戦前置かれていた地で、ここの忠魂納骨塔は戦没者の遺骨が入っている珍しい忠霊塔である。
納骨塔の扉、老朽化が激しく・・・・。
納骨塔の中には英霊の遺骨が納められている。
一人一人名前と階級が書かれている。
胸が詰まるね。
中には遺骨は無い英霊も多いからね。
いろいろ考えさせられる一日でした。