【PROLOGUE】

《本ブログの位置付け》
「塾長の述懐」シリーズの第11弾(その3)です。
第11弾のメインテーマは「地頭」を「鍛」えれば受験はクリアできる」です。
中でも,今回はメインテーマに直結する話材「地頭」の定義をお届けいたします。

《本ブログの前提》
飽くまでも,当塾オリジナルの定義であることをあらかじめお断り申し上げておきます。
また,本定義は我々を取り巻く言語世界(言語共同体)内での〈「系統学習」と「問題解決学習」との「止揚(aufheben)」〉に立脚しています。〈言語能力〉及び〈言語運用能力〉を視座に据え,お読みいただけると幸甚です。

 

 

 


 

 

業 務 内 容
チェック教員採用試験合格道場 オンライン教員養成私塾
  〇 まずは《自分を知る》ことから始めよう 
     ➡ 実践力の基礎を身につけ,自信をもって教壇に立つことが出来ます!!
 
チェックオンライン面接試験対策講座
  〇 「鍛地頭-tanjito-」メソッドで自己の強みと弱みを確と認識
     ➡ 面接試験合格後も組織で生かせる!!
 
チェック研究のできるこどもを育てるオンライン言語(運用)能力育成私塾
 ※対象 高校生
  〇 探究的な学習及び小論文作成等による〈言語能力〉及び〈言語運用能力〉の育成
     ➡ 
他者」と〈新しい文化〉を〈共創造(co-creation)〉する能力を鍛える!!
 
チェック育児・家庭療育・学校生活についてのオンライン「はてな」お悩み解決ルーム
 ※対象 保護者,こども,教育に関心のある方
  〇 周囲に言えない自分だけのお悩み… 〈ガイダンス・カウンセリング〉で私たちがお伺いします
     ➡ こどもも大人も明るく笑顔になれる!!
 
チェック教育セミナーの開催
  〇 種々のお悩みや教育論を織り交ぜたテーマを設定
     ➡ 〈理論〉と〈実践〉とを交えた内容で分かりやすい!!
 

チェックBlog,Twitter,Facebook及びホームページなどによる教育論の発信

  〇 〈教育学〉と〈心理学〉などの視点から,育児・家庭療育・学校教育等について熱く語ります
     ➡ 随時更新中

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皆さん,こんにちは。
生きる自分への自信を持たせる「鍛地頭-tanjito-」塾長の小桝雅典です。

前回に引き続き,第3章「「地頭」を定義する」をお届けいたします。

 

 

 

【これまでの「塾長の述懐」シリーズ第11弾】

 

 

 

ところで,ここで再確認しておきたいことがあります。それは当塾が使用する「地頭」の定義です。一例として,辞書的には,次のような記述を見出すことができます。

 

じ‐あたま〔ヂ‐〕【地頭】の意味
1大学などでの教育で与えられたのでない,その人本来の頭のよさ。一般に知識の多寡でなく,論理的思考力やコミュニケーション能力などをいう。「地頭がいい」「地頭を鍛える」

goo辞書 出典:デジタル大辞泉(小学館),「2」の意味については省略しました。なお,下線は筆者が施しました(以下,同様です)。

 

しかし,当塾は「その人本来の頭のよさ」という概念を採りません。なぜならば,このように表現すると,生来の「頭のよさ」を連想し,「鍛」える必要性が認められないからです。――しかし,引用文中の下線部には,十分に「鍛」える必要性を読み取ることができます。――

では,当塾の「地頭」の定義とは?

 

豊富な知識量を基盤とした,

〇 問題解決能力(自らの身辺に生起する問題を発見し,その解決方法を自分の頭で思考・判断し,実践〔表現〕できる能力)
  ◎ 問題状況を多視点から捉え,分析できる能力
  ◎(社会的)コンテクストに応じた情報を収集し,知識化した情報を活用(論理的思考)・表現(コミュニケーション)できる能力(インプットからアウトプットできる能力)
  ◎豊かな発想力・想像力

〇 「思考力・判断力・表現力(・俯瞰力)」を継続できる能力

〇 豊かな人間関係形成能力(乳幼児から大人に至るまでの「人(の存在)」を心から愛する豊かな感性)
  ◎他者を多視点から捉える能力

〇 他者と新しい文化を〈共創造(co-creation)〉できる能力

「「地頭(じあたま)」の定義」(当塾公式ホームページ)

 

つまり,一言で述べるならば,

総合的な人間力

ということになります。

当塾は,巷間に「地頭」を「12歳頃までに成熟する先天的な知能」と捉え,「地頭」そのものを鍛えられないものと考える向きがあることを重々承知いたしております。しかしながら,現代の脳科学者が「地頭力」という概念(言表)を使用するご時世なのです。

確かに当塾の「定義」は「豊かな感性」(情緒)までも含むものであり,一見,支離滅裂の誹りを免れないものだろうと拝察します。しかし,意識が言語に先立つのではなく,言語が意識に先立つと考えれば,――感性も言語世界の住人であり,脳内の言語作用に依拠するものならば,――「地頭(力)」に「感性」(情緒)が含有されていても少しもおかしくはないと言えるのです。

 

 

(前略)話し手の意思(意識)も聞き手の意思(意識)も,言語世界(言語共同体)の内部に存在しているということである。すなわち,言語を離れては人間の意思(意識)は存在しないということである。つまり,人間の意識なるものは言語と無関係に独立しているのではなく,つねにすでに言語的なものとして,言語に規定されて存在しているにすぎないということである。

長尾達也(2001.8):『小論文を学ぶ――知の構築のために――』,山川出版社,p.107,下線部の原文は朱書きされています。

 

それ(筆者注:読む,書く,話す,聞くが全教科の中心ということ)以上に重大なのは,国語が思考そのものと深く関わっていることである。言語は思考した結果を表現する道具にとどまらない。言語を用いて思考するという面がある。

藤原正彦(2016.4):『祖国とは国語』[キンドル版],国語教育絶対論,(二)国語はすべての知的活動の基礎である,検索元 amazon.com…b

 

人間はその語彙を大きく超えて考えたり感じたりすことはない,といって過言ではない。母国語の語彙は思考であり情緒なのである。

前掲書b:国語教育絶対論,(二)国語はすべての知的活動の基礎である,検索元 amazon.com

 

高次の情緒とは何か。それは生得的にある情緒ではなく,教育により育まれ磨かれる情緒と言ってもよい。たとえば自らの悲しみを悲しむのは原初的であるが,他人の悲しみを悲しむ,というのは高次の情緒である。

前掲書b:国語教育絶対論,(四)国語は情緒を培う,検索元 amazon.com

 

 

 

次回「「鍛地頭(「地頭」を「鍛」える)」とは〔11-4〕」につづく。

 

 

 

 

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