今生の印象的な体験65 | 3年前のしこうの楽しみ

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中学時代の吹奏楽コンクールの回想から連鎖して出てきた記憶がありました。
それはアンサンブルについてです。
これは少人数で行う管楽器番室内楽とも言えるでしょうか。

確か3~8人の編成だったと思います。
例えば、フルート3重奏、木管5重奏、金管8重奏などというものがあります。
秋にコンテストがあることからコンクール後の取り組みというイメージでした。

夏の終わりにメンバーを組んで自主的に練習するのです。
ただ部員全員がどこかのグループに属さなければならずそれなりの数になりました。
掛け持ちもありだったので30くらいのチームがあったと記憶しています。

そして校内予選にエントリーして上位3グループが出場できるという形式でした。
校内といえども審査員に外部の専門家が来る本格的なものでした。
個々の技量が問われることから全体の底上げが意図されていたのかもしれません。

同時に主体性も育てられていたことでしょう。
ちなみに中学1年の時は打楽器8重奏と金管5重奏で参加しました。
金管は同学年で無理やり組んだのでとりあえずというところでした。

とはいえ曲が発表できるようにするのに苦労した気がします。
一方で打楽器は3年生とも一緒だったのでかなり本気でした。
もちろんホルンではなくパーカッションの元々のメンバーでは足りないパートを受け持ちました。

打楽器が全員で7人しかいなかったのです。
入部した最初は第1希望が打楽器だったこともあり先輩に気に入られていたのでしょうか。
端的に言うならスカウトされたようなものでした。

そんなわけでこの期間は2足のわらじ状態になりました。
毎日のようにホルンと打楽器の練習をすることになったわけです。
担当することになった楽器は主にグロッケンで曲の終盤だけチャイムでした。

グロッケンは小さな鉄琴というところでしょうか。
鍵盤が上側の中央部しか固定されていないので強く叩くとすぐに外れてしまうというものでした。
響きがきれいに出るような構造ですが難易度は高かった気がします。

そんなわけで叩きの基本からスネア(小太鼓)の通常のスティックで練習しました。
叩くものは机や台の天板です。
打楽器の1年生が初めの4ヶ月くらい楽器を触らせてもらえずに修行のように行うものです。

こうやって力加減や跳ね返りの感覚を身につけたのでしょう。
今思えば自分の潜在意識に良い意味で刻み込まれている気がします。
この時に物理的な落下運動に意識が連動する習慣が身についたと推測します。

落ちていく中間地点をプロットして状態をとらえる力が磨かれたわけです。
もちろん当時はそんなことを考えていませんでした。
とはいえ結果的に楽器演奏以外においても重要なトレーニングだったと思います。

ちゃんとこれを受け取り直しておくことにします。

谷 孝祐
2016.10.7 21:02