クリアリングでいける効率化の限界点 | 3年前のしこうの楽しみ

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先日シャワーを浴びているときのことでした。
なんとなく思考が働いていたのでしょうか。
何かが洗い流されたのでしょうか。

ふと時間の枠に縛られている気がしたのでした。
そしてその原因は自分にあるように感じたのでした。
今以上のタスクをこなすのは難しいと無意識的に判断していたようでした。

いつの間にかこんなことになっていたわけです。
おそらく気づかぬままに制約を作っていたことでしょう。
そんなわけで見つめてみることにしました。

確かに昔に比べればかなりの効率で動いているとは思います。
10年前に比べれば圧倒的に予定が詰まっていることは事実でしょう。
ここ数年はそれが特に顕著です。

その頃に今と同じスケジュールはこなせなかったことは明らかです。
このように考えると随分と処理能力が上がったものだと感じます。
またそれを支える健康状態の管理もこなれたのかもしれません。

完璧ではないものの不調が足を引っ張ることはないに等しいと評価できます。
同時にそこには精神面の安定も含まれるでしょう。
心理的にタスクに対してストップをかけることも非常に少ないわけです。

なのでスムーズに進むのが通常になっているのかもしれません。
予定外のことが起こることもあまりないわけです。
ただこうなるとイレギュラーも受け入れやすくなるのは面白くもあります。

当然のことながらこの状況を作ったのは内面のクリアリングであると考えられます。
自己不一致な部分を最適化してきた成果なわけです。
もちろんそれに合わせて自己理解が深まり自分に合った方法が確立されたことでしょう。

こうやって振り返ってみるとこのベクトルでの限界がきていたのかもしれません。
だから超えられない枠を知覚していたとも言えるでしょう。
それにしても今までの変化を十分に認識していない可能性はありそうです。

ということでまずはそれをしっかり受け取っていこうと思います。
そうすることで今の壁を超えるヒントが見えてくることでしょう。
何となくより多くのことを難なくこなせるようになる必要がある流れを感じたのでした。

谷 孝祐
2016.10.5 9:16